04 雪女、丸々の責任
・・・さてと。
雪女が意識を戻したからこそわかったことだが、想像以上に事態は悪い。
指揮君が買出しに出た後から、雪女の呻きは止まらない。
水道水で今の彼女の乾きは潤せないだろう。
万全な状態じゃない彼女では水道水から自分の力へと変換できない。
「しっか〜し、ヤバいな〜。蜂蜜酒じゃ解決できないか・・・。これじゃ十分な回復は見込めない」
クトゥグアで焼かれた事でごっそり力を持っていかれたのだ。
・・・くそっ、もっと気を使えば良かった!
今さらの後悔。
彼女は衰弱死をするだろう。
もっと力の補充が必要だ。
でないと間に合わない。確実に・・・。
僕はクトゥルフの知識に関しては自身を持てるが、日本古典における知識は本による曖昧なものばかり、ちゃんとした対処方法を知らない。
それに知り合いにも妖怪類に詳しい奴なんて居ない。大体が西洋繋がりなのだ。
「兄さんでも駄目だろうし・・・・・・・・・・・あれ?」
兄さん繋がりで思い出した。
・・・そう云えばいるぞ。
「雅さんなら!!」
僕は迷いもせず、電話を取った。
短縮ダイアルで雅さんが住む家に。
既に夜中だが、まだ起きてる時間だ。
「はい」
ほどなくして電話に出た。しかしそれは幼い女の声だ。
「あぁ=傘ちゃんか=。罰おじちゃんだけど・・・お母さんはいる?急いでるんだ」
「いるよ〜、母様、罰おじちゃんからでんわ〜」
保留音の後に目的の人が出た。
「あら、罰君が電話なんて珍しいわね?」
張りのある、優しい声だ。
「いや〜少し困ったことがあってねん。兄さんは出張?」
「そうよ、あの人ったら全然帰ってこないの・・・、気持ちは分かるのだけどね・・・」
「そ〜か〜、まぁ帰ってきたらうんと駄々をこねるといいさ〜。それくらいはしていいと思うよん」
「そう?・・・それで話は?実際こんな世間話をしてる余裕なんてないのでしょ?声に焦りを感じるわ」
さすが、雅さん、と僕は関心しながら話を続ける。
「元八百万機関に所属していた雅さんを見込んでの助言が欲しいのです――――」
僕は今の状況を打ち明けた。
八百万機関―――それは日本の怪奇を取り扱う組織だ。陰陽師や霊力のある者達が集まってできており、日本の妖怪文化については一番詳しい組織でもある。
「なるほど・・・雪女。衰弱がひどいのね・・・」
「詳しくない僕で〜も分かるほどだよん。正直、どうしたものか迷っています」
「嘘」
「はい?」
雅さんは僕の何かを否定した。
「罰君は迷ってないはずよ」
「いや〜、僕は迷って―――」
「罰君は彼女を死なせることを絶対に許さない。それに彼女を助ける方法は一つ、気付いてないわけ無いでしょ?簡単な推理なんですから」
「・・・・・・」
割って入った言葉は僕の本音を指していた。
そして雅さんは言葉を繋ぐ。
「彼女を助けるには、霊力・・・、いや妖力を与えるしかないわ。魔力、霊力、妖力、どれも源は同じ。それは生命力。つまりそれを送ればいいの、ね?罰君、貴方は何を迷っているの?」
僕の生命力を送ればいい。
簡単な事だ。
しかし、飢えた妖怪が全てをの生命力を吸い取ろうとするのは目に見えている。
でも・・・確かに、僕なら迷わずにやれるじゃないか。
「死を恐れないくせに何を迷ってたんだろ〜ね〜」
「それは違うよ。死を恐れてるくせに・・・だよ?大丈夫、貴方なら」
「過大評価じゃな〜いかなん?」
「まだ過小評価ですよ、罰君。貴方は恐れてるわ、死ぬ事を・・・。死ぬのは怖い、でも助けたい。・・・貴方はただ後押しが欲しかっただけでしょ?助ける事への一歩が欲しかっただけでしょ?」
「いやは〜や・・・」
参ったな。・・・全て見抜かれてるじゃないか。
「やりなさい、罰君!貴方にならそれができるわ!」
と、そこで電話は切れた。
・・・ははっ、反論も許さない後押しとは・・・。
ふっ、と僕は笑う。
やっぱ適わない人だわ。流石、兄さんの嫁。
「すぅ〜〜〜、はぁ〜〜〜」
深呼吸。
へたれな空気を入れ替える。
モノの死を目にすると不安になる自分は要らない!
「・・・・・・・・・・」
僕は深く考える、雪女の事を・・・。
彼女は被害者だ。
不運な雪女。
悪くはない。
助けたい。
助けたい。
その為に外道の知識だ。
彼女を生かす方法。
大量に力を与える方法。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
チッチッ、と時計が鳴る音と雪女の小さな小さな呻きだけが部屋を満たす。
僕は考える。
チッ
チッ
チッ
チッ
チッ
チッ
チッ
「さぁ、命を還そう・・・」
やるしかないだろう。
これしかない。
僕は決断する。
身を起こし、雪女に近く近く近づく。
チッ
チッ
そして―――、
僕は彼女に口付けをした。
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「なんだこれ?」
僕が買出しから戻ってくると、部屋は異様な事になっていた。
丸々さんは生気をなくしたが如く、尻を天井に向けつっぷしていた。
そして雪女は寝込んでいた場所ではなく、部屋の片隅で泣いていた。
・・・?
事態が理解できない。
「丸々さん。ちょっと起きて。僕はあんたの尻なんて見たくない!」
彼の襟を掴み、ペシペシと頬を叩く。
よく見ると、彼の右頬には真っ赤にはれた手形があった。
その手形の大きさはまるで雪女くらいの大きさ。
・・・まさか・・・。
泣く女、頬を叩かれている男。
そして思い出される昨日観たドラマ。
・・・ドラマ『大失敗』4失敗目、『性欲を持て余す』・・・。
僕は想像する。
「おい、童貞。本当にやましいことしたのか!?」
「ひどい・・・、僕は彼女を助けようと―――ガクリ」
落ちた。
「あぁ、もう気絶するな!!僕はどうやってこの状況を把握すればいいんだ!?」
しょうがないので雪女に声を掛ける。
雪女はえぐえぐと泣いており、見た目より幼く見えた。
でも僕が出て行く前よりも生気がある。
まるで別人だ。
「状況を教えてくれ。頼む」
丸々さん曰く、彼女は優しい妖怪らしい。危害は・・・ないだろう。そう信じたい。
雪女は涙を拭うと、途切れ途切れに、
「わ、私が目を覚ますと、目の前に・・・あ、あの人の顔があって、あって・・・・私の唇にあのひ、人の唇がぁ・・・、うえ〜ん!!私のファーストキス!!!!!!!!」
・・・妖怪にも貞操概念はあるのか。
いや、そんなことより。
「てめぇ、なんかやらかしてるじゃねぇか!!ドラマの再現なんてするな!!おい、起きろ、すぐ起きろ!!」
頬を強打。連続で。
5分間叩いただろうか、丸々さんが目を覚ました。
「頬が異様に熱い・・・」
当たり前だ。彼の頬はすでに標準の2倍に膨れている。
「謝れ!今すぐ、あの雪女に謝るんだ!!」
因みに雪女はまだ泣いている。
雪女の前に丸々さんを連れて行き、頭を抑え、顔をぐぐいと前に出させる。
そして、丸々さんは、
「す、すみましぇ〜〜〜ん」
呂律が回らない謝り。
だが、雪女は彼の顔を見るたび。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!!?」
ビンタした。
下から掬い上げるように。
しかし角度が違い、それは丸々さんの顎にヒット。
「ぐふぬぅん!!」
丸々さんは宙へと浮かび、着地した。
「がふんっ!!!!・・・・・・・・・ガクリ・・・」
再び気絶。
補足しよう。
万全な状態ではなかった雪女でさえ、僕のママチャリの後輪を素手で止めた握力。
今現在では体調を取り戻した彼女の強さはそれの上を行っているのは明確だった。
人並みはずれた力で、改心の一撃(多分)が顎に入ったのだ。
普通は気絶する。てか頭飛んでもおかしくない?
その後、丸々さんが意識を取り戻したのは1時間経った後だった。
雪女は泣き止んでおり、なんとか会話が出来るようにセッティングするのに成功した。
丸々さんは僕の買ってきた氷で頬を冷やし、後の残りの氷は雪女の前に出され、彼女の食事となった。―――食事なのだろうか?
丸々さんが語り始める。
「いやさ〜、あのままの状態じゃ彼女は死んじゃうところだったんだよん」
「だからいっそ死ぬ前にってか?外道め!!」
ひっ、と雪女は後ろへ大きく引いた。
「ちょ、違うって!!?衰弱死でさ〜!!・・・彼女の妖力の回復を待てる時間もな〜いしさ。だ〜とすると力を与えれる方法なんて一つしかなかったじゃないか〜〜」
「つまり丸々さんの生気を雪女に与えたわけですか。でも、それじゃあんたが死ぬかもしれないじゃないか?」
「吸われ過ぎないように、ちょ〜とずつ分けてたよ。これでも力の使いようは心得てるつもりだ。しろ〜とじゃないんだよ、僕は」
「で、その素人じゃない僕さんは、その最中に目を覚ました雪女にビンタされたと」
「いや〜、あれは効いたね。ンガイの森を見たよ。まさかキスの途中で彼女が目を覚ますとは思いもよらなかったねん」
キスと云う単語に雪女は顔を赤くし俯く。
横文字理解できるの?
まぁ、ファーストキスって自分でも言ってたし、わかるか。
雪女はと言うと、なんだかんだで感づいていたらしく話の整理はできていたようだ。
「あ、あの・・・助けていただいたとはいざ知らず、○○さんには大変失礼なことを・・・」
「いや、名前が伏字になってるよ。それにそのネタは僕が既にやったから」
「あら・・・、それは申し訳ありません・・・」
「ほんと、哀しいことだ。ビンタも伏字も・・・」
「それ、根に持ってたんだ」
丸々さんは座りを正すと、雪女に向かい。
「どうだい?妖力のほうは戻ったのかい?」
「え、あ、はい。お蔭様で・・・」
どうやら雪女は丸々さんを直視できないらしい。
そのやり場をごまかすため、氷を一つ口に含む。
「そ〜か、それはよかった〜。僕も打たれた甲斐があったものだ」
はっはっはっ、と笑うその声は少し哀しかった。
雪女は僕に目を向けると、
「あの時はすみませんでした。意識がボーとしちゃって、見境がなくなってしまい」
深久と頭を下げられた。
「いや、でも、僕は無事だし。慣れっこだよ、あんな事態」
慣れるものでもないが、ここはこう言わなきゃ収まらないだろう。
しかし、意識があまりなく、ってことはアレが彼女の本性でもあるわけだ。
・・・ううむ。
でも、理性を保っている今。危害を加えるそぶりは見せていない。
その点から見れば安全なのだろう。
丸々さんも居るし。
「じゃあ、丸々さん。僕は帰りますね。何だかんだでもう11時前だし家族が心配する」
遅くなるとだけしか伝えてないのだ。
だが、丸々さんは慌てて僕の手を掴む。
「あぁぁぁぁ、待ってよ。もちょっと居てくれよう!あ、そうだ、確か冷蔵庫の中に芋羊羹が、ちょ〜と待ってねん。用意するからって、ちょ帰らないでよ!お願い、お願いしま〜す!!僕、こんな狭い場所で女性と二人っきりなんて無理だよ、無理無理!!」
「なに泣き言言ってるんですか。僕としても家があります。それに雪女としてもこのまま外に放り出すことはできないし、次の冬が来るまで何処かに居なきゃいけないんでしょ?だったら、まず此処に住む事になりそうだし、慣れなきゃ駄目ですよ」
ぺしっ、と僕を掴む手をはねる。
「え?彼女此処に住むの?それ聞いてないよん!?」
「じゃあ、どこに住むんですか?僕の家は無理ですよ。いろいろと破魔対策が施されてますから。それとも誰かに事情を説明してそこに居てもらうのですか?それこそ無理ですよ」
「うぅ・・・・、あ、でも彼女の意思も尊重しなきゃ!!僕、彼女の唇奪っちゃったわけだし、そんな男が居るのは嫌かもしれないじゃな〜い!!」
「ふむ、自分で言うか。とりあえず常識度+1だね」
「なにそれ!?君は僕をど〜みてるのさぁ!?」
「まぁ、変な言葉遣いとかからして・・・・・・・・・変人?」
「ひどっ!?」
「変態と呼ばれないだけマシだと思ってよ、・・・ね?」
「そ〜れ励ましのつもり!?」
「じゃ、帰りますね」
「ま、待ってくれよ〜!!とりあえず彼女の意見を聞こうよ・・・、ねぇ!?」
必死にまとわり付いてくる丸々さんが不憫に思えてきた。
「・・・ふむ」
確かに、とりあえずそこは重要だろう。
僕は雪女に振り返る。
「君としてはどうだい?」
「え?」
「君はこの部屋に住めるかい?この男と一緒に」
雪女はやや考えたる素振りを見せ、
「私を助けようとしてくれた行為ですし、それを咎めるのはお門違い。私はここに居てもいいと思います。それに―――」
「それに?なに?な〜に?」
丸々さんが顔を雪女に近づける。
そして丸々さんと目が合った雪女は頬を赤らめ、
「私の唇を奪ったんですもの・・・、初物ですよ。責任は取ってくださいね♪」
丸々さんの顔が青ざめていった。
ご愁傷様。
「お幸せに」
「ちょ、ちょちょちょマジでちょっと待って。なんで、もう僕は関係ないですね、みたいな表情で帰ろうとするの?これの原因って君にもあるじゃない!」
「それはそうですけど、これも丸々さんの言うところの不運の連鎖なんですよ?そりゃ、僕にも責任は感じます。でも、僕としては二人を祝福してやることくらいしかできません」
正直、ここまでいくとは思わなかったけど、僕に出来ることはない。
今までかなりお世話になっている丸々さんだ。僕が原因で巻き込まれてるわけだし、なんとかしてやりたい。
・・・でもな〜、本当にすることないしな。
「とりあえずこれだけ言っておきます」
「なんだ〜い?」
「彼女が出来たんですよ。これは喜ばしいことじゃないですか」
「う〜、そ〜れは僕としても嬉しいのだけど、こんな急展開は戦闘以外で体験したことがなく、不慣れで・・・」
「丸々さん、私では駄目ですか?―――そうですよね、私は妖怪。貴方は人間ですし。ごめんなさい、私は初めての接吻だけで貴方を縛りつけようとしていました!」
雪女は半泣きで土下座した。
その行動におろおろする丸々さん。
「わわわっ、僕は別にそんな垣根は気にしてないんだ。それに君は綺麗だし。僕も外道に身を落としてる。吊り合いなんてそんなものないさ〜」
お〜お〜、必死で弁解してる。
色恋沙汰に不慣れなのは確かだな。
「本当ですか、嬉しいです!!」
雪女が丸々さんに抱きつくのを見ながら思った。
丸々さんはかなりの美形だ。
美形同士かなりお似合いに見える。
その後、もう一度席についた僕らは話し合った。
結果、雪女は丸々さんのアパートで寝泊りすることと相成りました、とさ。
・・・しかし、なんだろ?
丸々さんは最初は嫌な顔をしていたのに最後辺りでは妙に嬉しそうだった。
・・・ここは祝福すべきなのだろう。
おめでとう、丸々さん。
彼女いない暦が0年になった。




