テンプレインテンプレ ~ 一人の作者に起きた出来事 ~
「なに……これ?」
皆さんはないだろうか。前に書いた作品を、不意に読み直してみたくなること。
今、わたしはそれをしている。そして困惑している。
わたしは小説投稿サイトに作品を投稿するアマチュア書き手だ。
今読み返したのはいわゆるテンプレって言う話の定型の一つ。
世に言うザマー系って言う奴で、性格の悪いお嬢様が
わがままを通しすぎた結果、手痛いにもほどがあるおしおきを受ける
と言う物。
勿論主役は別のキャラなので、そこまで詳細には描かなかった。
あの傍若無人野郎どうなったの?
っていう読者さんの疑問が来ることを想定しての答えとして、
さらっとこんなことになってますよ程度のエピソード。
それでも令嬢視点で描いたから、けっこう自分で書いてても
心に重たくのしかかる物があった
それで、なにがわたしを困惑させたのか。
それはプロローグの最初の部分が、わたしが書いたはずの文章
じゃなくなってたのだ。
『わたしは思い出した。
ものすごい高熱で死にそうになっている時、まるで夢のようにぼんやりと。
しかしあまりにも生々しすぎる実感を伴って。
ーーそうだ。この世界は、わたしが好きで読んでた小説の中だ。
しかもわたしは、あろうことか、バッドエンドを迎える
悪役令嬢になっている』
「どういう……こと? これって、世に言う『悪役令嬢物』って奴に
よくあるフレーズじゃない。なんで? どうして?」
しかもなんと言うことだろう。この作品のファンの人が一人、
この世を去ってしまっていたらしい。
「って言うか、なんで勝手に中身が書き換わってるのよ?
『思い出した』じゃないわよ! あたしの文章は?
あたしが考えてようやく書き始められたあのプロローグは!?
……ない。どこにも……ない? なんで? どうしてよ!」
一見した時点では、この不可思議に頭がついていかなかった。
けど、頭がおいついてしまったら、とたんに血の気が引いた。
「っ、そうだ。ファイルの更新日時を見てみよう。
そうすれば、その前までパソコンの状態を戻せば!」
テキストファイルを閉じて、ファイルの更新日時を確認した。
「……嘘、でしょ? このプロローグを書いて投稿サイトに投稿したのと、
日付が……かわってない。覚えてる。あたし覚えてるもん、投稿日時」
こうなれば、サイトのデータをダウンロードして
このおかしな現象を消して、元のをコピペして上書き保存しちゃえばいいんだ。
よし、実行っ!
「なんで? なんでよ? ねえどうして? なんで消えないのっ!」
消えない。
範囲選択して全部をデリートしようとしても、
一文字ずつ消そうとしても。警告音が出て反応しない!
「消えて! 消えてよ! 消えなさいよ!!」
押しても、押しても押しても押しても押しても押しても!
消えない。書き換わった文章が消えてくれない。消えやがらない……!
「っ、プロローグがこうなってる。なら他のはっ?
他のエピソードはどうなってるの?」
一話。変わってる。
二話。変わってる。
三話。四話。五話。
「浸食してる。あたしの物語を。あたしの初めての長編を。
初めて完結させた長編作品を」
違う。あたしが今憤ってるのは違う。
あたしの、だからよりももっと違う。
ーー主人公の。あの子の物語をなかったことにしようとしてるからだ!
「食い殺させない。させるもんですか!」
浸食されてないのは十話。よし、ここから先を全部フォルダから出してしまえば!
「なんでっ!? どうして操作を受け付けないの!」
駄目。文章が消せないどころか、ファイルの移動さえ許してもらえないっ!
「くっ、こうなったら、やむを得ないけど。
もう、フォルダごと削除するしかない。
食い殺されるよりはましだもん……!」
押す。押した。押したのに!
「なんで? 削除すらも許してくれないのよ……?!」
押す。押し続ける。連打する。
駄目だ。どうあがいても消す操作を受け付けない!
書き換わって行く。浸食されてなかったはずの部分が。
「あああ。やだ! やだよ! あたしの、あたしの物語を食べないで!
あの子の恋を食べないでええ!!」
どんどん。どんどん。あああ。ああああ……!
「書くんじゃなかった。ザマー系になんて手を出すんじゃなかった。
ほしかった。数字がほしかったの。いっぱい読まれてるって、
実感したかったの」
涙があふれて来る。
「返して。あたしの時間を。情熱を。魂を。あの子の物語を。
返してよおお!」
もう、声が嗚咽しか出ない。きっとまだ、あの子の物語は、内側から
食い破られてることだろう。
あの子の存在を、食べ残しみたいに端っこにおいやって。
ストレス要素でしかなかったはずの、あのお嬢様が主役の顔をする物語に
飲み込まれているんだろう。
ーー怖くてフォルダが開けない。体が小刻みに震える。
怖い。怖い。怖い。
悲しい。悔しい。わからない。
「アアアアア!」
***
どれぐらい泣いてただろう。もう涙も出なくなった。嗚咽もとまった。
泣き尽して頭も冷えた。イフの物語はここに完成した、
誰の手も借りず ひとりでに。
もうそのことについては、そういうものとして記憶に置いておく。
あのお嬢様に成り替わった、わたしの小説のファンだったらしいあの人は、
きっとさぞかし気持ちよく、あの世界での暮らしを謳歌しているんだろう。
もう、それはそれでいい。それならそれで、一つの形に収まったんだから。
イフの物語として、永久にこのフォルダで誰にも知られずに存在する
一つの世界になった。
一つ、一つだけ気がかりなことがある。
それは、物語を元に戻そうと、サイトからダウンロードして来た
元のプロローグの中身だ。
書き換わって行くことが恐ろしすぎて、わたしは動けなかった。
だから今、同じパソコンの中に置かれた、元は同じ文章がどうなってるのか。
それが気がかりなのだ。
だから。だから、それを確かめる必要がある。
正直なことを言えば怖い。
もしフォルダの外でも、同じ物語っていう理由で書き換わっていたら、
わたしの筆は折れるだろう。
あの作品は初めての長編で、初めて完結できた、
自分でも大好きな作品だからだ。
ファイルを開かなければわからない、それもいいかもしれない。
でも、あの子がもし乗っ取られ続けることで苦しんでいたとしたら、
それを知って開放しなくちゃいけない。
子供の様子を知るのも親の務めだし、状況に対処できるのもわたしだけだ。
それに。
ーーあの物語の主人公は、あの娘なのだ。
それを、それをこれ以上!
ーーテンプレにテンプレで乗っかった死霊如きに塗り替えられてたまるか!
あたしの。あたしとあの子の証は、電子の海岸に建ってる海の家を、
マイホームにしておけるほど軽くないんだ!
「っ!!」
全身全霊をこめて、ボタンがひび割れるんじゃないかと思うほどの力で、
エンターキーをぶっ叩いた。シュレディンガーのねこさんに、
生きててほしいと強く願って。
ーーそして開かれたファイルを見た。
「よかった。よかったよぅ!」
泣いた。また、あたしの涙腺は涙を溜めていたみたいだ。
「あたしの筆は。魂の叫びは。死霊の呪いに勝ったんだー!」
そのままの勢いで、あたしはサイトから書き換えられてない作品データを、
全てダウンロードし、一つのフォルダに纏めて置いた。
あの呪いのフォルダとは、別の階層に。
「よかった。筆を折ることにならなくてよかった。本当に」
そしてまた、あたしは暫く喜びの嗚咽を漏らすのだった。
この事件の翌日、お祓いに行ったのは言うまでもない。
あなたの作品もいつか乗っ取られるかもしれない。