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桜子さんのそんなに怖くないお話

海地蔵様の歌声

作者: 秋の桜子

 ねえ、聞いた?え?何を?……いやぁ、この前ちょっと恐いの聞いちゃって…… 聞きたい?じゃあ、その子彼氏君と、二人でね夜の海に出掛けたんだって、


 そうそう!あそこよ、あの海地蔵様の漁港にさぁ、行ったんだってよ……


 *****


 ソレや、ヨイセ、ドッコラセ、ヤレツケ、ホシツケ!銛をツケ!魚をトレヤ、小魚トレヤ、コが口開けマッテイル……


 海地蔵様の歌が残っているひなびた漁師町、その昔子供の健やかなる成長を願い、建立したといわれる海地蔵。


 一説によると、この地蔵の前で、銛付き漁をすると、小魚が大漁になると言われている。その他諸説いわれのある、地蔵様だが、


 かつて飢饉の折りに、生け贄として海に捧げられた、数多なる子供達を、海底に沈められた時に供に沈められてしまい、それ以降探しても引き上げられる事はなかった。


 子供の健やかなる成長を願い、建立された海地蔵、今は闇の中で子供達と供に過ごしている


 恨みの中で……生きたかった子供達の悲しみで作られた、海底の泥の中で……ドロドロと暗闇の中、永久の時を過ごしている……。



 ――男女が寄り添い、夜の防波堤に立っている。ベッタリとした厚い雲に覆われた空は墨を塗りたくった様。


 テトラポットにぶつかる波も、果てなく広がる沖合いも暗黒の色を成している。


 真っ暗闇でなぁーんも見えんね、と腕をくみながら退屈そうに、女は男に甘えた声で話している。


 そやな、イカ釣りでも出とったら、綺麗なんやけどなと沖合いを眺めながら答えた。


 潮の匂いが鼻につく、海辺育ちなので気にもならないはずなのに、今宵に限ってはどういう訳か気になる男。


 ざ、ん……ざ……ん、規則正しい音だけが、辺りに広がっている。夜釣りをしている者の姿もない。

 

「誰もいないね。魚釣りも、雨が降りそう、だからかな?」


 静かよねー、こういうのもいいね。二人きりなのが実感できて、と他愛のない話をしながら、防波堤の上を歩いている。


 真っ直ぐな防波堤、黒の世界に道が一本、それを歩く二人。


 どうせなら、突き当たりまで歩こう、と何とはない話になり、歩いていたのだが、それも何だか馬鹿馬鹿しくなり、そろそろ帰ろうかと話した時、


 一際大きな黒い波が、テトラポットにぶつかり飛沫を上げた。


 ズァサァッ、と海から塩辛い風が二人を打ち付ける。重いソレに女がきゃっ、と声を上げた。


 男の腕にしがみつく女。すえた魚の膓の様な匂いが辺り一杯に広がる。手で口元をふさぐ二人。


 ねぇ、気味が悪い、早く帰りましょう、と顔色を青くした女の声に、男はそうだなと闇の中で答えた。


 防波堤に沿って街灯が、設置されている、先ほど迄は、何時もの様に、白い明かりの中にいたのだがどういうわけか、今は闇の中。


 ぼ、う、ボ、ウ、ボウ、ボウ、


 薄い墨色の光を帯びた、丸いモノが海面に浮かぶ。


 ………ソレや、ヨイセ、ドッコラセ、ヤレツケ、ホシツケ!銛をツケ!魚をトレヤ、小魚トレヤ、コが口開けマッテイル……


 ざ、ん、ザ、ン、波の音に合わせて海からも聞こえてくるコエ、


 不安気に沖合いに目をやる二人……何かが近づいて来てる?


 ここにいてはいけない、本能がそう叫んでる、それに気がついたその時、



「ネエ、遊ぼう」



 不意に……『コエ』がかかった。シタシタと海水をコンクリートに滴らせた、着物姿の子供が目の前に笑顔で立っている。

 

 闇の中で、ボウ……と青白い燐光をゆらゆらとまとい、笑って立っている。



 ひっ!だ、誰だ?お前は、男にしがみつく女、それを引き寄せる男。



 ゴウ、と風が吹く、海面から空に向けて、吹き上がる。


 ダ!ボタ!パタパタ、ザァァァァ、暗黒の空から滴が落ちてくる。雨が降る。



 ………ソレや、ヨイセ、ドッコラセ、ヤレツケ、ホシツケ!銛をツケ!魚をトレヤ、小魚トレヤ、コが口開けマッテイル……キィィィ!



 歌声と奇声が波に乗り近づいてくる。



 ボウ、ボウ、と光るモノが子供の姿となり、スルリスルリと音なく、次々にテトラポットを登ってくる。



 遊ぼう、アソボウ、オナカスイタ、アソボウ



 に、逃げようよ、ああ!と声を合わせた二人だが、目の前の子供に、服の裾を握られ、身動きが出来ない。



「アソボウ!オナカスイタ、アソボウ」



 色の光がない黒い穴のような目を向けて、全身ずぶ濡れの幼子が、青白い手で服を握りしめ、アソボウと、笑顔を向ける。



 ガチガチと震える女、男も全身総立ちの、恐怖に包まれている。



 ソレや、ヨイセ、ドッコラセ、ヤレツケ、ホシツケ!銛をツケ!魚をトレヤ、小魚トレヤ、コが口開けマッテイル……キィィィ!



 アソボウ、オナカスイタ、アソボウ、アソボウ、



 スルリスルリと、海側から防波堤の壁をよじ登り、先に来た子供に合流する、数多の子供達。


 ネエ、アソボウヨ、と二人を取り囲みおしくらまんじゅうの様に迫る、ぽっかりと空いた黒い穴の様な目を向けてくる。



 ……ゴゴ!ゴトリ、ゴトリ、ゴゴ、ゴゴ、ゴトリ



 奇声の主がたどり着いたのか、子供達とは違い、コンクリートを擦るような音を立てて、テトラポットを移動している。


 一層色濃くなる生臭い匂い、ゴゴ、ゴゴ!ゴトリ!ゴ……壁をよじ登る『何か』圧倒的な異質が近づいてくる、それを気配を肌で感じる距離。



 ソレや、ヨイセ、ドッコラセ、ヤレツケ、ホシツケ!銛をツケ!魚をトレヤ、小魚トレヤ、コが口開けマッテイル……キィィィ!



 アソボウ、アソボウ!オナカスイタ、アソボウ



 二人を取り囲む子供達、ザァァァァと降る夜半の雨、異界のソレが近づいていている……



 ――どうしよう、どうする、逃げられない……



 二人はどうにも出来なくなり、恐怖のあまり、最後の対抗手段として、目を閉じる事しか出来なかった。



 アソボウ!アソボウ!ゴ!ゴトゴド、ゴトン、



 アレが、何か分からないモノが、たどり着いたのか?ゴトゴド、ゴトゴド、子供達の声に割って入る様に近づいてくる。


 アレに来られたらどうなるのか、子供達は、どうするのか、二人の脳裏には恐怖のシナリオしか浮かばない。



 ソレや、ヨイセ、ドッコラセ、ヤレツケ、ホシツケ!銛をツケ!魚をトレヤ、小魚トレヤ、コが口開けマッテイル……キィィィ!


 アソボウ!アソボウ……オナカスイタ、アソボウ……



 二人を取り囲む、子供達とナニか……恐ろしさのあまり二人は目を見開く勇気は出ない。

 


 アソボウ、ゴトゴド、アソボウ、ゴトゴド……



 近づいてくる、近づいてくる、近づいてくる!直ぐ側に、アレが!来ている!



 最早これまで!二人は再び、しっかりと目を閉じた、その時。




 ……ブロロロロー、と1台の軽トラックが傍らの道を走り去っていった。



 ガクン、と何かが抜けた二人。全身の緊張が抜け、その場に座り込む。



 パァーンと、ヘッドライトの白い光が、辺りを明るく照らす。



 ――匂いが消えた……澄んだ空気が戻った。静寂が戻った……



 ……ザ、ン、ザ、ン、テトラポットにぶつかる規則正しい波の音、



 ふと、気がつけば雨も上がっている。



 さらりとした、澄んだ海の色の風が吹く。



 穏やかな夜の海が戻っていた……




 と聞いたの、ヤバいよ!あそこ……出るんだ……海地蔵様に、子供達に捕まったら……どうなるのかな?


 海に引きずり込まれるンじゃないって?アハハ!あるある、絶対にそうよ……そうでなきゃ、



 面白くないよね。フフフフ………


*****


夜の海に、規則正しい波の音………


聞こえる歌声 海地蔵


ボウ ボウ ボウと、プカプカプカリ、浮かび上がりし幼子の、透明な薄墨色の光の(たま)、岸にスルリスルリと音なくのぼる


ゴトゴド、ゴトリと、音たてのぼる海地蔵。


アソボウ、アソボウ、オナカスイタ、アソボウと、幼子近づく生きとし者に……




 ソレや、ヨイセ、ドッコラセ、ヤレツケ、ホシツケ!銛をツケ!魚をトレヤ、小魚トレヤ、コが口開けマッテイル……キィィィ!




『完』







































 























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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしいつくり込み、あのような設定だけのものからこんな作品が生まれるだなんて。 敬意。 [一言] 海地蔵の歌を伝承に加えてもよろしいでしょうか?
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