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ある日のお茶の時間。
ティアリーゼはメルチゥが持ってきた菓子を見て、郷愁の念に駆られた。
(あら……。また食べられる日が来るとは思わなかったわ)
「ティアリーゼ?」
メルチゥを見送ったシュクルが覗き込んでくる。
ティアリーゼが菓子に対していつもと違う反応を見せたのが気になったのだろう。
相変わらず目ざとい、と思いながらティアリーゼは理由を説明した。
「懐かしいお菓子だな、と思ったの。タルツでよく食べられていたものでね」
「ティアリーゼがよく作るものだろうか」
「いいえ、あれは違うわ」
「わからない」
つん、とシュクルがその菓子をつつく。
そういうところは獣らしい。
ふんわりと焼き上げられた菓子は、外はさっくり軽い口当たりで、中はほっこり柔らかい。物によっては中に果物やクルミを仕込むこともある。
つんつん、とまたシュクルがつついた。
その手を軽く掴んで止める。
「つつかないの」
「気になる。お前が気にしたものだから」
「だったら食べてみればいいでしょう。食べもしないのにつつくのはお行儀が悪いわ」
「お行儀。……わからない」
「今ひとつ覚えたわね」
「いかにも」
獣であるシュクルには行儀という概念がない。
それでも人の形をしている以上、ある程度は覚えてもらいたいところだった。トトが人の姿での食事作法などを教えてくれたようだが、まだ怪しい部分は多々ある。
「ティアリーゼはそれが好きなのか」
「ええ。好きよ。あなたも好きだったら嬉しいわ」
「わかった。好きになろう」
「無理はしなくていいからね」
懐かしい菓子を指でつまむ。
ひとくちで食べられる大きさもまた昔を思い出した。
「ティアリーゼ?」
再びシュクルが声をかけてくる。
「ああ……ううん。懐かしいの、本当に」
「……思い出さなくてもいい」
「……ありがとう」
思い出したくないというわけではなかった。その記憶が辛く悲しいことだというわけでもない。
だが、シュクルはティアリーゼのことを知っている。生まれ育った国、そして家族たち。すべてを捨てたからこそ、ここにいる。
「……よかったら聞いてくれる? 私が初めてこれを食べたときのこと」
「構わない。私はお前の声を聞くのが好きだ」
無表情のまま、尻尾だけをぱたぱた振ったシュクルが言う。
そしティアリーゼは話し始めた。
もう二度と戻ることのない、遠い遠い昔の話を――。