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朝――。
鳥の鳴き声が聞こえ、シュクルは目を覚ました。
窓を覆うカーテンから漏れ出た光さえ眩しい。
目を細めながら、腕の中にいるティアリーゼを抱き締める。
(……温かい)
たったそれだけのことが嬉しくて、しゅうしゅうと鳴いてしまった。
これではティアリーゼを起こしてしまう、と慌てて鳴くのをやめる。
このまま起きようかしばし逡巡した。
今はまだやめておくことに決め、ティアリーゼの寝顔を観察する。
(柔らかくて、よい匂いがする)
衝動を抑えきれず、はむ、と頬を噛んでみる。
このまま顎に力を入れてしまえばティアリーゼは顔の半分をなくすことになるが、起きていてもシュクルの甘噛みを拒むことはない。
だから寝ている今、遠慮なくはむはむさせてもらう。
シュクルはティアリーゼのこの柔らかさが好きだった。
竜の一族の中で弱く生まれたシュクルは鋼も通さぬ硬い鱗を持たない。そんな自分を柔らかく、弱く、不出来な生き物であると思い続けてきた。
しかし、ティアリーゼはそんなシュクルよりも柔らかくて弱い。そして、ひどく脆い。
どうしてもティアリーゼとの子を残したくて襲い掛かったとき、大して力も入れていないのに、簡単に組み敷けたことが驚きだった。
必死に抵抗し、逃げ出そうとするティアリーゼを見て面白く思ったものだ。
この程度で自分を殺そうと思っていたのか、と。
人間は弱いと知っていたが、さすがにそこまでとは思わなかった。だからシュクルはとても優しく、気を付けてティアリーゼに触れる。
眠っている間に潰してしまわないよう、慎重に。
最初は触れたくても触れるのが恐ろしかった。
シュクルの爪は簡単にティアリーゼを裂くだろう。噛み付けば骨ごと断ち切れてしまう。柔らかい腹を蹴れば、口から内臓が出るかもしれない。踏めば恐らく砕けて潰れ、喉奥から炎を吐けば一瞬で炭と変わる――。
ふるり、とシュクルは身を震わせた。
ティアリーゼを失うのが怖かった。ずっと誰にも求められず、触れてさえもらえなかったシュクルが初めて手に入れたぬくもり。
人間をたやすく滅ぼす力を持っていると知ってなお、逃げようとしない優しくて愚かなヒト。
(……永遠にこうしていられればいい)
すん、とシュクルは鼻を鳴らしてティアリーゼの香りを堪能する。
人間特有の独特な香りは、ときにシュクルの胸をざわつかせた。
どうしようもなくティアリーゼが欲しくなって、興奮する。
それをシュクルは発情と呼んだが、ティアリーゼはそういう言葉を使ってほしくないらしい。
生き物であれば当然のそれを、なぜそうも忌避するのか。人間ではないシュクルが完全に理解することはない。
今もまた、ティアリーゼのぬくもりと香りに雄の本能が目覚めかける。
しかし、本能のままに動いてはいけないのだと学んでいた。
シュクルがしたいように行動すると、ティアリーゼは尾の手入れをしてくれなくなる。
湯浴みの後、ティアリーゼの柔らかい手で尾に触れられるのが大好きだった。
丁寧に鱗を撫でつけ、鳥たちの羽毛で磨き、よい香りのする油を染みこませてくれる。
もともとシュクル自身は自分の身体などどうでもよく、尾の状態も放置していた。人間で言えば、毎日足の爪を磨くようなものではないかと言ったが、それなら気を使うものだろうとティアリーゼに言われ、手入れが日課になってしまっている。
尾に触れられるのは好きだった。だが、気に入らないこともある。
必然的に背を向けなければならないため、ティアリーゼがどんな顔で話しているのかがわからない。もともと表情を読むのも得意ではないシュクルは、なるべく話している相手の顔を見たがった。愛すべきティアリーゼの顔ならなおさらである。
すんすん、とシュクルは二度鼻を鳴らした。
朝食の気配を感じたからだが、ティアリーゼが起きる気配はない。
そっと、ティアリーゼの身体の下から自分の腕を抜く。
起こさないように離れながらも、急に腕の中が寂しくなったのが辛くて少し鳴いてしまった。
起きてほしい、と勝手に尻尾が跳ねて訴える。
それでもティアリーゼは起きなかった。
顔を覗き込みながら、すん、とまた鼻を鳴らす。