白蜥の場合
「シュクル、はい」
ティアリーゼに渡されたものを見て、シュクルは首を傾げた。
ぱたぱたと振られる尻尾からは好奇心を抱いている様子が見て取れる。
「はい、とは」
「世間ではバレンタインなの。だからあなたに」
「ばれ」
「そう、バレンタイン」
「……わからない」
とりあえずシュクルはティアリーゼからの贈り物を受け取った。
特に尋ねることなく包装を開き、中から手のひら大の焼き菓子を取り出す。
「チョコレートクッキーよ。食べたことはある?」
「…………わからない」
少し沈黙が長かったのは、シュクルがこれを知らない証拠とも取れた。
この黒いものがなんなのか、判断するのに時間がかかったのだろう。
「これは食べてもよいものなのか」
「食べられないものは渡さないわよ。ちゃんと甘くないように作ったから……口に合うといいんだけど」
「ふむ」
やはりシュクルはティアリーゼに聞くことなく、焼き菓子を口に運んだ。
かり、と香ばしい音が響く。
そして、さくさくという小気味いい音も。
「おいしい?」
「食べられないものではない、と思う」
「だから食べられるものだって言ってるじゃない」
「あまり信じていなかった。これは食べ物に見えないから」
「……確かに自然界じゃ見ないものかもしれないわね」
「妙な形をしている」
「それは……」
ハート形と言うのだ、と言いかけて飲み込んでしまった。
もうとっくに夫婦ではあるが、どうも気恥ずかしい気がしてしまって。
(さすがにハートの形はやりすぎかしら……?)
今まで、ティアリーゼはこういった贈り物を作ったことがない。
そんな幼少期は過ごしていないし、そもそも贈る相手がいなかった。
だから少しだけ、そう、本当に少しだけ張り切ってしまったのだ。
形はかわいらしいハートに。焼き時間まで長くなったのは、言わなければ気付かないだろう。
「ティアリーゼの分は?」
「これはあなたの分なの。私はないのよ」
「なぜ?」
「なぜって……バレンタインはそういう日だから?」
「私はティアリーゼと一緒がいい」
「……んむむ」
自分だけ、というのは気に入らなかったのか、シュクルはティアリーゼの口に一生懸命焼き菓子を押し付ける。
なぜバレンタインに自分で作ったものを? という疑問はあったが、シュクルの熱意に負けて端の方をかじらせてもらった。
思っていたよりも苦いのは焦がしてしまったのもあるが、甘さを控えたからというのもあるだろう。
ぱた、とシュクルが尾を振る。
ティアリーゼの反応を待っているらしい。
「おいしいわ」
「そうか。よかった」
「……あなたがよかったって言うのは、なんだか違う気がするけれど」
「ティアリーゼが嬉しいと、私も嬉しい」
「……そうね。ありがとう」
ティアリーゼが食べたことで満足したのか、シュクルは再び焼き菓子をかじり始める。
味に関して特に触れるつもりはないようだが、少なくとも完食する程度には気に入ったようだった。
ただ、そもそも人間の食べ物をそこまで好まないのもあって、口直しがしたくなったらしい。
そのせいで、ティアリーゼはいつもより長めのキスをせがまれたのだった。