6
結論から言えば、あの卵の両親は見つからなかった。
どれだけ探しても出てこない以上、子供を捨ててどこかへ行ったというのが正しいだろう。
「あの卵、まだ孵らないんだって」
「ふーん? 割と大きくなってるっぽかったのにな。そんなに時間かかる奴って……んー……鳥じゃねぇからわからねぇ……」
最近、セランは手紙という手段を覚えた。
キッカの負担が減った上に、なにかと情報共有してくれる。
「本当はね、自分で温めてみたかったなーってちょっと思ったの。子供が親をなくしてるときに、不謹慎かもしれないけど」
「気にすんな。育てる個体を減らそうとするのはよくあることだし」
獣たちは弱いものを捨て、強いものだけで生きる。
弱い子供を大切に育てようとするのは人間だけで、これが種を、そして自分の血を残すのに最も効率的な手段だと獣たちはわかっている。
「で、自分で温めてみたかったって?」
「うん。……ティアリーゼも言ってたでしょ? 今後のために……って」
「言ってたっけか?」
キッカには本当に記憶がない。
ざっくり覚えているのは、あの二人に卵を渡したことだけ。
「私もいつかキッカの卵を温めなきゃいけないから。自分で言ったこと、覚えてる? 卵を温めてくれって」
「あー、うん。……けどお前が卵を産むかどうかわかんねぇぞ」
「どっちになるか楽しみだねー」
「怖くねぇの? 人間って卵産まねぇ生き物なんだろ。自分だけそうなるって、なんか……」
「なんで? 自分の子供ならなんでもいいよ。それに、キッカとの子供でもあるんだし。私も鳥の一員になれたみたいで嬉しいくらい」
「前向きすぎるだろー」
キッカは笑った。
なにかと考えすぎていたことに気付いてしまったからだった。
「どっちだろうな」
「卵がいい。毎日温めてあげるの」
「たまに転がしてやれよ。偏るから」
「……やっぱり、今のうちからいろいろ勉強しておいた方がよさそう。転がさなきゃいけないなんて知らなかった」
難しい顔をしたセランを見て、キッカはくくくと鳴き声をあげる。
「まー、俺も頑張るわ。もうちょっといい巣作るか……」
「違うとこに住むの? いいな、夜は寒くないところがいい! あとね、砂嵐がうるさくないところ!」
「ナ・ズから出ればよくね?」
「そんな簡単に魔王様が外へ行っちゃだめだよ」
「昔は冬になる度に南まで避難してた魔王がいるらしいけどなー」
キッカが金鷹の魔王になるずっと前の話である。
セランにとっては遥か昔のことであり、大好きだと言っていた曾祖母ですら知らないほど遠い過去だった。
「これから、いろいろ一緒に考えていこうね」
「おー」
「とりあえず、仮面取っていい?」
「なんでそうなるんだよ」
そう返しながらも、キッカはセランの行為を止めなかった。
ぱちりと金具が外れ、素顔がさらされる。
相変わらずこの状態には慣れないが、セランが喜ぶならまあ多少の我慢はしてもよかった。
セランは目的を果たすと、もうひとつの目的に移った。
いつもそうしてくるのを知っていたから、キッカも軽く屈んでやる。
そうでなければ身長の低いセランはキッカに届かないからだ。
「……へへ」
唇を重ねると、セランがにやける。
やっぱりくちばしのない顔は情けない気がする、とその顔を見るたびに思うのは秘密だった。
「私も頑張る。立派なお父さんとお母さんになろうね」
「俺、なれる気がする。シュシュのこと見守ってきたし」
「期待してるね、お父さん」
笑顔のセランを抱き締めて、その頭を撫でてやる。
まだ陽は出ているがいいだろう――とぼんやり考えた。
「……俺はあんまり難しいと思わねぇけどなー」
「なんの話?」
「こっちの話」
ぽんぽんとセランの頭を撫でてから、軽く背中を押してベッドに誘導する。
忘れっぽいキッカも、セランはそこでなければ応えてくれない、とちゃんと覚えていたのだった。