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番外編  作者: 晴日青
その身を飾るは愛と言う/白蜥
2/28

「いかにも」


 シュクルの長い指がそれをつまんだ。

 そして、なぜかティアリーゼの頬に押し付ける。


「これは私だ」

「……ごめんなさい、もう少しわかりやすく言ってもらえるかしら」

「今朝方、脱いだ」

「なにを?」

「古い皮を」

「……あ」


 そこまで言われてようやく理解する。


「竜にも脱皮ってあるのね……?」

「いかにも」


 よくよく見てみれば、確かに爬虫類の皮だった。

 ティアリーゼも昔、蛇の皮を見たことがある。シュクルの皮――と呼ぶのはなんとなく抵抗があるが――はそれとほぼ同じ手触りをしていた。


「……ああ、そっか。だから心なしか昨日よりつやつやしているのね」


 古い皮を脱ぎ捨てたシュクルの頬は、悔しいことに素晴らしい肌つやをしていた。触れればもちろん、赤子かそれ以上の滑らかさと弾力がある。


(これで四百歳……)


「私の調子がいいのは、昨夜お前を――」

「次は一週間お手入れなしだからね」

「…………まだ言っていない」


 ぺたりとシュクルの尻尾が床にへたってしまう。

 見れば、その尾の先にティアリーゼが拾い集めた皮と同じものが張り付いていた。

 しゃがんでそれを取ってみる。気持ちよくぺりぺり剥がれていい気分だった。


「いいな。私もあなたみたいに綺麗になれたらいいのに」

「ティアリーゼは綺麗だ。特に服を着ていないときがいい」

「今夜のお手入れはしないわ」

「なぜ」


 さすがにむっとしたのか、シュクルが眉を寄せる。

 そんな表情ですら最近見られるようになった。


「褒めても叱られる。お前はいつからそう怒りっぽくなった?」

「思ったことを全部話しちゃだめって言ったでしょう」

「たくさん話せるのが楽しい」

「……その気持ちはわかるけどね」


 しゃがんだままのティアリーゼを見て、シュクルも同じようにしゃがむ。

 部屋なのだから椅子に座ればいいのに、そうしない辺りが『変わり者の夫婦』だった。


「私が綺麗なのかわからない。個人的には不完全で醜いとすら思っている」

「私は好きよ。白い鱗が雪みたいで素敵だわ」

「……それはよい褒め方なのか」

「あなたたちの感覚ではどうなのかわからないけれど。……あなたのはちょっといやらしいのよね」

「なにが?」

「全部が」

「わからない」


 ふん、とシュクルが鼻を鳴らす。

 やはり納得がいかないようだった。これを理解させるのは骨が折れるだろう。

 しかし、シュクルはすぐにまた表情を変えた。

 きゅるんと青い瞳がきらめく。


「お前は綺麗になりたいのか。今よりも」

「え? それは……まぁ」

「皮を剥ぐか?」

「人間は脱皮しないから、そうすると死んじゃうわね」

「では、人間はどのように美しさを手に入れる?」


 シュクルの学びの時間だ――と悟る。

 下手なことを言えば、心の幼いこの魔王はそういうものだと信じてしまう。そうならならいよう、正しいことを学ばせるのが妻であるティアリーゼの仕事だった。


「そうね……。ドレスやアクセサリーを身につけるわ」

「あれはいい。集めたい」


(そういうところはちゃんと竜っぽいのね)


 物語で言う竜という生き物は、金銀財宝を集めてその上で眠る。宝の守り神とも言われるのはそういう性質からなのだろう。

 お気に入りに対する執着心と独占欲。見知らぬものに対しての好奇心。そうした性質のあるシュクルが唯一竜らしくない部分と言えば、他人を騙す狡猾さを持たないことだろう。賢くない、とまで言うのは語弊があるが。


「あれはお前が持つもの以外にも存在するのか?」

「ええ。結婚式のときだって、用意されたものを使っていたのよ」

「……忘れていた。指輪は私が贈ったのだった」


 ティアリーゼとシュクルの指には、人間らしく指輪が嵌まっている。本来石を嵌め込むべき場所にあるのは、透き通った紫色の塊。シュクルが己の角をティアリーゼのために砕いて、かけらにしたものだった。

 ティアリーゼからすれば装飾品はこれで充分である。

 しかし、シュクルはなにか考えたようだった。


「わかった。私は夫としてお前の望みを叶えなければならない。綺麗になりたいと言うなら、両腕に抱えきれないだけの装飾品を贈ろう」

「えっ、そんなにはいらないんだけど……」

「行ってくる」

「しゅ、シュクル?」


 ティアリーゼの困惑もよそに、シュクルは行ってしまう。カゴいっぱいの皮を手に持って。

 引き留めるのもおかしい気がして、それを見送った。

 足音さえ聞こえなくなった後、ティアリーゼはぽつりと呟く。


「妻にアクセサリーを贈るなんて、どこで覚えたのかしら……?」

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