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「読めないね」
「あー、そっか。文字が違うのか」
「うん?」
「砂漠で使ってる文字と、他で使ってる文字って違うんだよ。今、思い出した」
「へえ……そうなんだ。喋る言葉はおんなじなのにね」
「俺たちと人間とで意思疎通できなくなるからじゃねぇの」
「じゃあ、最初は人間も亜人も仲良しだったのかな。そうじゃないと同じ言葉でここまで生きてこられないでしょ? 自分たちにしか通じない言語を作ってもおかしくないと思うけど」
「人間が思ってる以上に存在してるけどな、俺たちだけの言語」
「そうなの?」
「お前も聞いただろ。俺の歌」
「ああ、あれもそうなんだ」
セランは知らずに鳥たちに伝わる恋の歌を歌った。
キッカが返してくれた歌は、セラン以外の者には聞こえないと言う。
鳴き声のような歌は歌詞のないものだと長年思い続けてきたが、キッカが言うにはあれがもう鳥の言葉なのだと言う。
「これ、なんて書いてあるか読める?」
「さあなー」
「……本当に読めない?」
「なんで疑うんだよ」
「読めないなら読めないって言いそうだから」
(キッカって、あんまり嘘つかないし)
じ、とキッカを見つめる。
「お前、俺に詳しくなったよな」
「うん。すごい?」
「隠し事できなくなって、なんか変な気分」
溜息を吐くと、キッカはセランの手からぼろぼろの手紙を取り上げた。
「読めるよ。でも、声に出したくねぇ内容」
「……どうして?」
「恥ずかしいから」
(恥ずかしいと思うような内容なの……?)
セランのそんな疑問を感じ取ったのか、キッカが苦笑する。
「『あなたの笑顔は真珠のようです』……とかなんとか書いてある」
「真珠ってなに?」
「貝から出てくる丸いの。食えねぇ」
「……それに似てるって、あんまり嬉しくないね」
「キラキラして綺麗だし、普通は喜ぶもんなんじゃねぇの」
セランはキラキラして丸いものを考えてみた。
どうしても浮かぶ色が金色になってしまうのは、やはり隣にいる夫のせいなのだろう。
「もし、私をなにかに例えるならなににする?」
「えー……また答えにくい質問するなー……」
「帰るまでに考えておいてね」
「はいはい」
結局、キッカは手紙の内容を読み上げてくれなかった。
再び瓶の中に戻してしまうと、それを海に向かって投げてしまう。
「なんで捨てちゃうの?」
「俺たちが拾うもんじゃねぇと思ったからかな。あれ、ほんとは『真珠の笑顔をした奴』が拾うもんだろ」
「どこにいるんだろうね、そんな人」
「さぁなー。あんだけ古い手紙だし、もうとっくに生きてねぇかも」
「……じゃあ、言いたいことも伝えられずに死んじゃったかもしれないんだ」
「そうだな」
波に揺られて遠ざかっていく瓶を見つめる。
またどこかに流れ着いても、その先で拾うべき人物が手にするとは限らないのだ。
それを思うと少し切なくなる。




