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番外編  作者: 晴日青
比翼の鳥/金鷹
15/28


「――ま、待って!」


 思わず、その肩を押しのけてしまう。


「なんだよ」

「ご、ごごごご飯……まだ……」

「あー、そっか」


 食べかけのパンがまだ手元に残っている。

 キッカは気まずそうに頬を掻いた。


「俺、あんまり相手のこと考えるの得意じゃねぇからなー」

「ううん、そんなことない」


 ぶんぶん首を振る。

 喉に詰まるのでは、という勢いでパンを飲み込み、水で流し込んだ。

 ごくりと腹の中に落としてから、ぐい、と口を拭う。

 そうしてから改めて、キッカの肩を掴んだ。


「い、今なら大丈夫!」

「張り切りすぎ」


 夜にしか見せてくれない素顔が笑顔に変わる。

 きゅう、と胸が疼くのを感じた。


「これを好きっていうのはわからねぇんだけどな。……お前がしたがるなら、俺も好きになってみようと思うよ」

「――んむ」


 心の準備ができていると思ったのに、まだだった。

 唇が触れ合った瞬間、うっかり妙な声を出してしまったセランは真っ赤になってしまう。


「セラン」

「な……なに?」

「お前、俺のことどんぐらい好き?」

「えっ」


 至近距離で尋ねられ、一瞬考えに詰まる。

 しかし、セランはすぐに勢いよく答えた。


「今まで好きだと思ってきたものの中で一番好き」

「ふーん」


 言わせておきながら、返事は軽かった。

 ただ、少し照れているのがわかる。


「キッカは?」

「えー、俺も言わなきゃだめか?」

「人に言わせて自分は言わないなんてずるいよ」

「んー」


 キッカがセランの頬に口付ける。

 いつものくせでくちばしをこすり付けようとしたのだろう。


「雨の翌日の朝に飛ぶ空よりも好きだな」

「それってどのくらい好きなの? 飛んだことないからわからないよ」

「じゃあ、今度体験させてやる。空気が澄んでて気持ちいいんだ。なんの音もしねぇ中で、いつもより眩しい太陽に向かって飛ぶのが好きでさ。……でも、あれよりお前といる方が気持ちいいな」


 セランの手をキッカの手が包み込む。

 自然と、指を絡め合っていた。


「ちゃんと向き合えてるかな、俺」

「……私に?」

「うん。……俺のつがいに」


 こくこくとセランは頷いた。

 それを見てキッカが笑う。


「お前からすれば普通じゃねぇことをしたがるかもしれねぇ。でも、受け入れてくれるか」

「うん。だって私、わかっててあなたのつがいになったんだもの」

「ふーん」

「その、ふーん、ってなに」

「いんや? そこまで考えてたんだなーって。俺よりお前のがよっぽどしっかりしてる。さすが、魔王になろうと思った女だな」

「見直した?」

「おー」


 ふ、とキッカの笑みが深まる。


「惚れ直した」


 セランの胸がさっきよりも強くきゅうっと締め付けられる。

 もう一度されたキスの甘さにうっかり酔いそうになった。

 いつもくちばしをこするように何度もされて、さすがに動揺してしまう。


「あ、あのね、お昼にはあんまりしないことなんだよ。夜だったら誰も見てないからいいけど」

「今だって誰も見てねぇじゃん」

「私の気持ちの問題なの!」

「…………あー、シュシュがこれ好きな理由わかったわ」


 止めようとするセランに、またキスが落ちる。


「反応見るのが楽しいんだ」

「そういう意地悪な楽しみ方をしないの!」

「えー、別に意地悪のつもりじゃねぇもん。本能だよ、本能」

「ほ、本能?」

「なんか狩りのときに似てる」


 そう言ったキッカの瞳を見て、ぎょっとしてしまった。

 仮面を付けているときは金色の、素顔の今は琥珀色の瞳に熱が見え隠れしている。

 もともと目つきが鋭いのもあって、少し恐ろしささえ感じた。狩られる側の気持ちというものをなんとなく理解しそうになる。


「俺、ちゃんと雄だったっぽい」

「そんなの言われてもわからないよ!?」

「いいからいいから」


 はむ、とついばまれて逃げそうになる。

 くちばしでついばまれるのとはまたわけが違っていた。


「もう一個聞いとくけど」

「今度はなに……?」

「お前、俺の卵欲しい?」

「…………う、産めないと思う!」

「試してみなきゃわかんねぇだろー」


(なにを!?)


 もう、セランの頭の中は限界だった。

 鳥と人間がつがいになったときにどうなるのか、そしてどうするのか、さすがに曾祖母には聞いていない。

 ここから先はセラン自身が実体験で学ぶしかなかった。


「どうする、もう少しここにいるか? それとも、帰るか?」

「……もうちょっとだけここにいる」


 先ほど、キッカにはもう襲うなと言われてしまった。

 しかしそんなことを言う必要などなかったのである。

 思いがけず遠慮のない愛情を見せられたせいで、自分からの行動など考える余裕もないのだから――。

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