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セランの夫であるキッカは、広大な砂漠の地を治める金鷹の魔王である。その名にふさわしく尾羽に金の羽根が混ざっており、人間を一人乗せてもびくともしない巨大な身体を持っていた。
魔王としての自尊心か、それとも単純に性格の問題か。キッカが他人を背に乗せることはほとんどない。というより、セランは一度も見たことがない。
おそらく快く乗せてくれるのは特別なことなのだろう、と思う。
「キッカ」
「んー?」
背に乗り、ふわふわの羽毛に顔を埋めながら声をかける。
吹き抜ける風の音がうるさいのに、キッカはきちんとセランの声を聞いてくれた。
「どこに向かってるの? こっちの方ってなにかあったっけ?」
「俺もなんかあったっけなーって思ってるとこ」
「どういうこと、それ? 目的もないのに、とりあえず飛んだの?」
「目的がないってわけじゃねぇよ。お前と一緒に出掛けるっていうのが、今回の目的だからな」
「う、うーん」
セランは首を傾げてしまった。
それが目的なのはまあいいとする。しかし、なぜそれを思い立ったのか、それをしてどうするのかが掴めない。
「お散歩したかった、みたいな? それならわかるよ。私も眠れないときは外を歩き回りたくなるから。でも、今は歩き回るのに暑くない?」
「それ言ったら夜は寒いだろ? っていうか、今もふらふら歩き回ってねぇだろうな。怖い思いしたの忘れたのかよ?」
「今は……そんなことしてないってわかるでしょ」
「あー……確かに?」
セランとキッカは一応、同じベッドで眠りにつく。
最初こそどきどきしていたが、のちにそんな必要はなかったのだと少し落胆した。
キッカはそもそも誰かと寝るのに慣れておらず、自分の寝床に他人がいることを好んでいないようだった。
だから二人は寝床を共に温めるわけでもなく、ぬくもりをわかちあって抱き合うでもなく、互いに背を向け、距離を空けながら眠っている。
そういうときにどうしていいのか、セランもわからなかった。
夫婦が床に入ってなにをするかの知識はあっても、実際の経験はもちろんない。一度襲われそうになったことはあるが。
つまるところ、そういうわけでキッカはセランが深夜徘徊をしていないことを知っている。
「せめて出掛けるなら夜の方がよかったんじゃない?」
「だって俺、よく見えなくなるし」
「……あ、鳥目ってやつ? へえ、普通の鳥はそうらしいって聞いたけど、亜人もそうなんだ」
「まあなー」
適当に答えたように聞こえた。
セランはキッカの羽毛に再び顔を埋める。
(だけど、私を助けに来てくれたよね)
よく見えなくなると言うなら、飛ばなければいい。だが、キッカはセランのために何度か夜も行動している。
(うーん、やっぱり愛されてる?)
こういうところがあるから、セランは悩んでしまうのだ。
自分に興味がないかと思えば、意外なほど大切に思ってくれている。
「……あ。そこ、ちょうどいいかもな」




