1
ある朝、ティアリーゼは目を覚ましてぎょっとした。
隣にいるはずのシュクルがいないだけなら、まだ驚かない。
そこにあったのはシュクルどころか、半透明に透けた謎の何かだった。
(なに、これ……)
恐る恐る触ってみると、つるりとしている。
意外にも柔らかく、しなやかだった。
布に近いが、向こうの景色が薄く透ける布など一昼夜で完成させられるものではない。そもそも、そうだとしてなぜティアリーゼの隣に置いておくのかという話である。
しかも、それはいくつも落ちていた。
ティアリーゼの手のひらくらいの大きさのものもあれば、胴を一回りするほど横に長いものもある。
形は違えど、もともとは同じ素材のものらしい。
とりあえず、と拾い集めてみると、結構な量になった。
(本当になんなの、これ)
適当なカゴを探し、そこに入れておく。
こんもりと盛ったそれの正体はやはりわからない。
(……ひとまずシュクルを探した方がいいわね)
昨夜、シュクルの様子は少しおかしかった。
しきりとティアリーゼに身体をこすり付け、事あるごとに鳴き声を漏らしていたのだが。
(なにかあったのかしら)
心配しつつ、部屋の外に出る。
と、ちょうど扉の向こうにシュクルが立っていた。
「ああ、良かった。あなたを探しに行こうとしていたの」
「ティアリーゼは寂しがり屋だからな」
出会ったばかりの頃に比べ、ずいぶんと会話が流暢になったシュクルは、やはりよく見せるようになった笑みを浮かべてティアリーゼを抱き寄せる。
ふ、とその耳に息を吐くと、少しかすれた声で囁いた。
「昨夜、あれだけかわいがってやったというのに。足りなかったのなら、そう言えばよかっただろう。すぐ気絶するからそういうことにな――」
「やめなさい、朝から」
ぱし、とシュクルの鼻先を軽く叩くと、青い瞳が驚いたように丸く見開かれた。
床を撫でていた尾が、不安そうに忙しなく揺れ始める。
「私が欲しいのではないのか」
「違います」
きっぱりはっきり言い切ると、ティアリーゼはシュクルの腕を抜け出した。
もともと無邪気な性質のシュクルは、思ったことをすぐ口にするきらいがあった。
おかげでティアリーゼは話好きになったシュクルが余計なことを言わないかと、いつもはらはらさせられている。
先日は食事中に二人で湯浴みした話をされた。
料理を運んでいた者はもちろん、部屋の隅に控えていた者まで、全員が硬直したのを覚えている。
シュクルはご機嫌でティアリーゼの肌がすべすべで気持ち良かったことを語り、その後、一時間ほど口を利いてもらえなくなるというお仕置きをされた。
更にティアリーゼは罰として三日ほど尻尾の手入れを拒んだ。同情を誘う哀れっぽい鳴き声を上げていたのは記憶に新しい。
しかし、まだ凝りていないらしかった。というより、なにがいけなかったのか、いまだにわかっていない可能性がある。
(こういうことも教えていかなきゃ……)
四百年ほど他者と関わってこなかったシュクルは、亜人たちの常識も、それ以外の常識もところどころ欠けている。
会話がうまくできなかったのも、表情をきちんと作れず、感情表現を尻尾に任せていたのもその弊害である。
先日夫婦――彼らの言い方で言うのなら、つがいという方が正しい――になったこともあり、ティアリーゼは今まで以上にシュクルの教育に気を使っていた。
知らぬは本人ばかりで、けろっとしている。
「それで、私になんの用だ」
「ベッドに変なものがたくさん落ちていたから、あなたになにかあったのかと思って」
「変なもの?」
先ほど拾った謎の物体をカゴごとシュクルに差し出す。
しげしげと見ていたシュクルは、不思議そうに首を傾げた。
「これは変なものなのか」
「そう思ったんだけど、あなたはこれがなんなのか知っているのね?」