第六十二話
──ガリ、ゴリ。
「んぐんぐ……それでなんだっけ。ヴィルからの命令なんだっけ?」
──ゴリ、ガリガリ。
「はい。とりあえず連絡がつかなくなったラクレントへと向かおうと思っていたのですが……そちらの方で何か動きは?」
──ゴクン。ガ、ガリ、ガキン!
「むしゃむしゃ……うーん、問題はそこなんだよねぇ……こっちでも情報が錯綜してるんだけど……はぐはぐ」
──ミシミシ、ゴリガリ。
「ん、ほふふぃふぇふぁふぁはふぁほふぇ……」
「ノーチラス様、食べ終わってからで良いので分かるようにお話し下さい。行儀が悪いですよ」
斬鬼の忠言に従い、しばらく咀嚼した後ノーチラスは口の中に含んでいたモノを全て飲み込んだ。
「──ぷは〜! いやー、やっぱりウチの鉱山でとれたダイヤモンドは質が良くて美味しい! 出来れば毎食食べたいくらいだよ〜」
けぷ、と彼女の口の端から溢れたのはキラリと光る小粒のダイヤ。斬鬼の後ろでその光景を観察、もとい見ていたアンリは、あまりの驚愕に目を見開いていた。
美味しいこうぶつという言葉にどこか違和感は覚えていた。だが、それがまさか好物ではなく鉱物の事であると、一体誰が予想出来ただろうか。少なくともアンリには無理である。
一体彼女が食べたダイヤモンドで、我が家は何年生活出来るのだろうか。既にアンリの思考は『なぜ鉱物を食べているのか』ではなく『あの鉱物は幾らなのか』という段階へと進んでしまっている。正に順応の成果と言うべきか……それが良いことにしろ悪いことにしろ。
「ん? どしたのアンリちゃん。そんな顔してももうダイヤモンドは無いよ? といっても多分ニンゲンには食べれないと思うけど……」
「あ、いやその……」
視線に気付いたノーチラスがアンリに話を向ける。唐突に振られた話題にしどろもどろになりながらも、アンリはなんとか言葉を絞り出した。
「……お、美味しいのかな、と……」
「へ?」
しまった、とアンリは自身の失言を後悔する。どうせ食べれないのだから、美味しいかどうかなど聞いたところでどうしようもないでは無いか。どうせ聞くのであれば、この街についてとかもう少しマシな事でも聞いておけば良かった。そんな事が頭を駆け巡る。
斬鬼からも呆れたような視線を向けられる中、呆気にとられていたノーチラスの顔はやがて喜色に染まった。
「──ぷっ、あはははは!! お、美味しいのかなって! あは、あはははははは!!! ねぇ斬鬼ちゃん、面白いねこの子!!」
「全く面白くありません。面白くないのでその背中を叩く手を止めていただけませんか」
ドシン、ドシンとおよそ背中を叩くだけでは到底出せないような恐ろしい音が斬鬼の背中から響く。しかしそんな苦情にも負ける事なく、ノーチラスは腹を抱えて笑った。
やがて笑いも収まると、ズイと思い切りアンリへと顔を近づける。
「いや、本当に面白いねアンリちゃん! キミがヴィルの配下じゃなかったらこの場で食べちゃってた位だよ!」
「た、食べ……はぁ……」
キラリと輝く犬歯、爛々と光る視線。およそ冗談とは思えないノーチラスの言葉だったが、実際冗談とも言い切れない。
「ノーチラス様。私共としても余り時間がありません。ヴィルヘルム様の元にミミ一人を残した状況では、いざという時対応が出来ないのですから。私共に協力していただけるのであれば、物資の補給と確固たる往復路の確保をお願いしたく」
呆れたように言う斬鬼だが、それを聞いたノーチラスは痛いところを突かれたとでも言うかのように気まずい顔をして目を逸らした。
「あー……いや、その話なんだけどねぇ」
机の上に飛び散った小粒のダイヤ片を弄びながら、ノーチラスは苦笑いを浮かべる。
「実は今、ラクレントと連絡がつかなくってさ。非常用に確保してた魔法陣すらも起動しない有様なんだよね〜。いやー、技術顧問としては非常に不甲斐ないんだけど……」
「ノーチラス様のアイテムが通用しない……? 『ドワーフ』である貴方の技術が封じ込められたと言うのですか?」
『ドワーフ』。その名はアンリのみならず、魔人族に詳しくない一般市民すらも知っているであろう、それ程にネームバリューの高い種族である。
あらゆる道具を作り出し、手足のように扱う者たちであり、その技術は人間達から見て数世紀は先を行くと言い伝えられている。この異常と言えるほど発展した街並みも、ドワーフが作ったのだと言えば納得のいく話であった。
だが、アンリにはまだ疑問が残っている。
「ちょ、ちょっと待って! ドワーフって伝説上の存在じゃなかったの!?」
「なんだ貴様は……大人しく話を聞いておけば良いものを。仮にも天魔将軍相手に失礼だぞ」
「う〜ん、斬鬼ちゃんもヴィル以外にはおおよそ失礼な気もするけどね〜」
ノーチラスの言う通り、基本的に斬鬼はヴィルヘルム以外に対して敬意を払っていない。ただ、ヴィルヘルムより上か対等な立場にいる相手には便宜上弁えていると言うだけの話である。
最も、それすらヴィルヘルムの面子を慮っての事であるのだから、いかに彼の影響力が高いかというのが分かる事だろう。
当然とでも言いたげに鼻白む斬鬼だが、そんな彼女に頓着することはせず、ノーチラスは笑顔でアンリの疑問に答える。
「まあ正確に言えばボクはドワーフの末裔、ってとこかな? うっすーい血が突然先祖返りを起こしたみたいな……まあなんやかんやでドワーフみたいな事が出来るようになったみたいな?」
「……ドワーフってそもそも存在したんですね……」
「全てが真実の噂は存在せずとも、噂が全て嘘とは限らん。伝説などそういうものだ」
それはともかく、と斬鬼は話を切る。
「通信手段が途絶されているのであれば徒歩で……と言いたいところですが、ここまでいうのであればそれすらも何らかの問題があるのでしょう。教えて頂けますか?」
「ま、そーなんだよねぇ……とりあえず、実際に見てもらった方が早いかな?」
トン、とノーチラスが軽く机を小突く。その瞬間、彼女達を取り巻く景色が一瞬で変わった。
「て、転移魔法……!!?」
「あはは、そんな面倒なことはしてないよー。これは可能な限り現地の状況を再現した幻影装置。幻影といっても、触感とかはそのまま再現してるけどね!」
あっけらかんと語るノーチラスだが、それが純粋な転移魔法よりも困難であるという事をアンリは知っている。ましてや、それを魔法関係なく行なっているというのだから途方もない話だ。
次々と襲いくる衝撃に頭がふらつきそうになるが、そこは気合で耐えるアンリ。とにかく状況を理解しなければ、と風景を見渡す。斬鬼は見覚えがあるようで、腕を組みながら顎に手を当てた。
「……ここはラクレントへの街道でしたか。特におかしな部分は……いや、これは……?」
「あ、気付いた? まあ結構わかりやすいよね」
ノーチラスが軽く手をかざす。すると驚くべき事に、まるでその動きを阻むかのように闇色の障壁が生まれたのである。
透明だった空間に突如現れた障壁。まるで波紋のように広がった先を見るに、観測しきれない程に遥か遠くまで広がっているようだ。
「この通り、障壁がボクたちの動きを止めてるんだ。迂回しようにも、ここまで巨大じゃあ難しい。これにはどうしたものかと、ボクも頭を捻らせていた所なんだよ」
「……なるほど。つまりその対処を私達に任せるって事?」
得心がいった、という風に頷くアンリ。彼女はこれでも魔法の研究を専攻としていた勇者の一人。時間は掛かるが障壁をじっくりと観察出来れば……
「いや、もう障壁を退かす装置は作ったんだけどね」
「勿体ぶる意味あった今!?」
カラカラと笑うノーチラス。ペースが狂わされっぱなしのアンリは静かにため息をついた。
「二人に頼みたいのは、この装置を起動してる間のボクの護衛だよ。コレ、結構な曲者みたいで、装置を使ってる間はかかり切りにならなきゃいけないから」
そう言ってノーチラスが引き摺り出したのは、アンリの体ほどはあろうかという巨大な長方形の鉄箱だった。
(^-^)




