第六十一話
い、言い訳はしません……
見事に勇者達一行を返り討ちにしたアンリ達。だが彼女達の表情は、敵を倒したとは思えない程浮かなかった。
「……あの敵。どう考えてもただ戦いに来たって訳では無いわよね」
「言われずともその位は分かる。いくら勇者が粗製乱造されているとて、あの男達ごときにはどう考えてもそこまでの力は無かった。貴様が手加減出来るほどの力しか、な」
「はぁ? 何よそれ。態々私を引き合いに出す必要は無いでしょうが」
「フン、事実だろうが」
険悪な言い争いを始める二人だったが、その声にどうにもハリがないのは思考の先がお互いに向いていないからだろう。彼女達の頭からは、先ほどの襲撃が未だ消えていなかった。
(……魔術による警戒は怠っていなかった筈だ。それに転移魔術の妨害結界も正常に働いている。だとすれば、奴らは一体……?)
転移という戦略的価値の高い魔術が存在している以上、それに対抗するための術式も存在する。基本的に天魔将軍や魔王直轄の領地の周囲には転移を阻害する為の術式が敷かれており、彼女達がいる場所も例に漏れない。その為、本来ならばああいった襲撃は起こり得るはずが無いのだ。
因みに余談だが、ヴィルヘルム管轄の領地には実は何の術式も敷かれていない。理由は簡単、ヴィルヘルム自身がそんな魔術を扱えないからである。それでも一切の討ち漏らしが存在しないのは、ひとえに禁域の主が目を光らせているお陰だろう。日々様々な所に苦労をかけているヴィルヘルム。そろそろ全方位に足を向けて寝られなくなる頃ではないだろうか。
話が逸れたが、つまるところあの男達の襲撃には何か及びもつかないカラクリが存在しているということである。最後の転移術にしろ、斬鬼にもアンリにも予測のつかない方法で行われていたのだから。
「まあ二人とも、そんな事は後で考えよーよ! ほらほらもう街に着くから!」
明るいノーチラスの声が響く。彼女の言う通り、彼女達の前には機械仕掛けの防壁が立ちはだかっていた。
◆◇◆
「す、凄い……! これが本当に魔人族の都市!?」
アンリは驚愕と共に辺りを見回す。それもそのはず、魔人とは前時代的で野蛮な存在という人間の固定観念を崩すような光景が広がっていたのだから。
ヴィルヘルムの統治する『アガレスタ』。アンリ達が出会った『エピフニス』。そのいずれも穏やかな街並みが広がる、よく言えば平和、悪く言えば平凡な都市ばかりであり、少なくともアンリにとって「進歩性」を感じられる物ではなかった。
だが、それがこの都市はどうだ。あちこちに立ち並ぶコンクリート製の居住区画に、慌ただしく働く巨大な歯車の数々。果ては遠くに見える巨大な煙突と、まさにスチームパンクを地で行くような都市の景観に、アンリ達は驚愕を隠せなかった。
「ここがノーチラス様の管理する都市、『ノボリス』……話には聞いていたが、まさかここまで発展が進んでいたとは……」
「ふっふーん。そうでしょそうでしょ! これでも頑張って発展させてきたんだから!」
勢いよく胸を張るノーチラスだが、いくら自慢をしてもこの都市の発展具合を見ればし足りないという事はない。これだけの工業的発展を遂げている国は、人間側を含めても存在していないのだから。
魔術的アプローチであれば人間側は魔人側に劣らない、いや、それを凌駕出来る程の技術を持っているとアンリは自負している。仮にも種族として貧弱な人間がここまで長期間魔人族との戦争を続けられてきたのはひとえにそのお陰だと言っても良いだろう。
だが、そのアンリであっても理解できない光景。これほど大量の鉄やコンクリートが、形を様々に変えてこうして存在しているという事は、彼女にとって驚きでしか無かった。
人間側も鉄やコンクリートという存在自体は知っている。だが、そのいずれも少量の加工のみであり、こうして建造物に使おうなどといった発想は一切考えつかなかった。そして、それを大量生産しようという発想も。精々が兵士の装備に使う鉄くらいだろうか。
「……その、この街は全部ノーチラス……様が作ったの……ですか?」
「ん? 今更そんな敬語なんて使わなくていいって! ヴィルの知り合い全員に言ってるんだけど、どうして皆して敬語なんて使うのかなぁ」
思わず先ほどまでの口調も忘れて敬語でノーチラスへと問いかけるアンリ。彼女の動揺も相当のものである。
「それでこの街の事だっけ? まあそーだね! 街の八割はボクが作ったと言っても過言じゃないよ! えっへん!」
「そ、そうなの……でもこれだけの巨大な都市を、一体どれだけの短期間で……」
そこまで言ったところでアンリはふと思い出す。目の前の少女は只の少女では無く、れっきとした魔人族であるのだと。
一口に魔人族と言ってもその種別は様々だ。斬鬼のような吸血鬼がいれば、ヴィルヘルムのように殆ど人間と変わらないような者もいる。であれば目の前の彼女も間違いなく天魔将軍である以上何らかの種族に属しており、人間を超えた力を有しているのである。
「さーて、街にもついた事だし……さっそくお昼ご飯にしよう! もうお腹ペコペコだよぉ」
「あ、いえその……実は私達既に昼休憩をとっておりまして。出来れば手短に支援だけ頂ければ……ヴィルヘルム様からの任務の都合もあります故」
「? いや私達はお昼……ムグッ!?」
お昼なんてまだ食べてない、とアンリが発言しようとした寸前、斬鬼は彼女の口を抑える。そのまま肩を掴み、ぐるりとノーチラスに背を向ける形で反転させた。
(いいか、少しでも碌な思いをしたいのであればこのまま何も喋るな。これは嫌がらせでも何でもない、純粋な私からの気遣いだぞ)
(な、何を言って……)
(ええい、察しの悪い。とにかく迂闊にノーチラス様の話に乗るんじゃないという事だ。分かったな)
「なんの話してるの? ボクも混ぜてよー」
「い、いえ、大した話では……っと、私達は先にノーチラス様の総督府までお伺いしています。それでよろしいでしょうか?」
「ちぇー。しょうがないなぁ……折角美味しい鉱物が出るとこ見つけたってのにだーれも着いて来てくれないんだもんなぁ」
一人ため息を付き、若干拗ねながらどこかへ去っていくノーチラス。
(……ん? 好物? それにしてはなんかイントネーションが違ったような……)
アンリが彼女らの言っていた意味を知るのは、もう少し先の話である。




