第五十九話
決着がついたのは一瞬の出来事だった。
「ぐ、クソがァ……!」
「馬鹿な、強すぎる……」
最後の一人がバタリと倒れこみ、ついに全員を仕留めきったアンリは静かに肩で息を付く。
『hugururururururu……』
溜息をついた筈が、唸りのような咆哮に変わる。慌てて兜を外そうとするも、胴体の部分と一体になっているのかピクリとも動かない。試行錯誤するアンリにノーチラスが声を掛ける。
「あ、それブレスレットの宝玉を一回押せば取れるよー」
アドバイスに従うと、兜だけが分解され鎧へと格納される。ようやく外界の空気を吸えたアンリはゆっくりと息を吐いた。
「……いろいろと言わせてほしい事はあるんだけど、まず一つだけ。なんで兜付けると喋れなくなるの?」
「え? そっちの方がかっこよくない?」
「……そう……」
鎧が脱げたら文句を言ってやろうと考えていたアンリだったが、このノーチラスの悪気のない顔に完全に毒気を抜かれてしまった。げんなりとした表情でそれ以上の追及を控える。
それにしても、試作品とは言っていたが流石にヴィルヘルム用に開発されただけあって性能は高い。普段のアンリならばあれだけの数の勇者を相手取ることは出来なかっただろうが、鎧を着た途端この有様だ。
ちなみに狂戦士の様な風貌ではあったが、アンリは誰一人として殺していない。全員倒れてこそいるが、その胸が僅かに上下している事が分かるだろう。相手を殺す事と、殺さずに意識不明まで追い込む事。そのどちらが難しいかというのは言わずとも自明だろう。
「試運転は終わりましたか? では、早速尋問に移りたいのですが」
「あ、うん。もういいよー」
斬鬼が刀を抜き、気を失った男達に近付く。
「……尋問はいいけど、あまり殺さないでよ」
「なんだ、情でも湧いたか? 用済みになれば殺す。それが普通だろう?」
「そんなのだからいつまでも戦いが続くって分からないの? 殺して、殺されてじゃいつまでも戦いが終わらないじゃない」
「馬鹿か貴様は? そんなもの、相手が滅びるまで続ければ終わるに決まっているだろう。魔人にはそれだけの力がある。特にヴィルヘルム様がいらっしゃるのであれば、人間側の敗北は決まったも同然だ」
「本当にそうかしら? 生憎、彼にはそんな気さらさら無さそうだけど」
挑戦的な口調でアンリが問いかけると、斬鬼は切れ長の眦を更に吊り上げる。その表情は正に鬼の形相だった。
「何も知らない小娘があの方を語るか! 身の程を弁えろ!」
「いいえ弁えないわ! 考えてもみなさい。彼に本当に人間を滅ぼす気があったのなら、今ごろマギルス皇国は滅んでいる筈でしょ!」
「……それは魔王様からの指示があったからだ! ヴィルヘルム様は所かまわず暴れるようなバーサーカーではない!」
「それなら私を拾った理由は? 人間を滅ぼしたいのなら仮にも元勇者である私を囲う必要性は無い筈よ! それに、もし本当に人間嫌いならあの場にいたマギルス皇国の宰相たちは殺されている筈! なのにそれをしなかったのは、彼がそう考えてないという証拠に他ならない。違う!?」
「貴様に……貴様に何が分かる! 魔人の生き方を、あの方の事を何も知らぬ貴様が!」
まさに一触即発の空気。斬鬼は刀を構え、今にもアンリへ斬りかかろうとしている。
──だが、その空気を破る者が現れたのは突然の事だった。
『……誰 (だ)!?』
蠢く気配。偶然ながらもアンリと斬鬼は同時に叫び、出所に注意を向ける。
気づけば、男達が倒れ伏している場所に謎の黒フードが立っていた。フードの奥の顔は陰で隠れて見えないが、少なくとも友好的な気配ではないという事だけは分かる。
「……貴様、あの時ヴェルゼル様と共に去った者か? よくもまあ抜け抜けと私の前に顔を出せたものだな。先に貴様の首を落としても良いんだぞ?」
「私は命を取る気までは無いけど……貴方の目的によっては止めるわ。どれにしても、説明だけはしてもらうけどね」
刀の切っ先と、幾重にも展開された魔法陣。その両方を前にして、しかし黒フードは一切動じなかった。それどころか、彼女たちを一瞥するだけで一言も発そうとはしない。
「答えぬか。ならばそれも良いだろう……貴様の死体に聞いてやる!!」
斬鬼が勢い良く刀を振る。刀身が届く範囲には無いが、彼女にとって距離など関係ない。一度刀を振るえば、斬撃が大気を震わせ相手の元まで届くのだから。
勿論、黒フードも馬鹿ではない。軌道が定まっている一撃は身を引けばすぐさま回避できる。そして、攻撃の後はどんな強者でも隙が出来るのも自明。余裕を持って躱し、一息に距離を詰める──
「──奇遇だな? 私も同じことを考えていたよ」
「!?」
飛び掛かっていた斬鬼と、空中で出くわす黒フード。何故と考える暇も無く、鋭い剣閃が首を狩ろうと閃く。
単純な話、斬鬼は吸血鬼である。故に彼女はその身を蝙蝠へと変化させることが出来る。ならば、その逆も然り。蝙蝠から彼女を形作る事も可能という事だ。攻撃と同時に彼女は自身の分け身を作り出し、隙を潰すためにすぐさま飛び掛かったのである。
この急襲は避けきれない。慌てて間に腕を挟み、どうにか首を落とされる事だけは回避する。だが、その代償は当然ながらすぐさま払う事になった。
「……っ!!」
両腕をしっかりと切り落とされた状態ながらも、どうにかバランスを崩すことなく着地する。だが、彼の受難はこれだけに留まらなかった。
「そこ!」
アンリの掛け声と共に、地から伸びる何本もの蔦。棘と共に絡みつくそれから物理的に抜け出すのは抜け出すのは容易ではないだろう。手があるとすれば、蔦を魔法で燃やし尽くすのみ。
だが、這いずり回る蔦は黒フードの口元まで巻き付き、一切の発声を不可能としてしまう。
「口も動きも封じれば魔法は発動できないでしょ? 指先で魔法陣を書かれたらどうしようもないけど、手を失った今ならそれも出来ないわね」
完全に動きを固められた黒フード。だが、それは彼が何もできなくなったという事の証左ではない。
僅かに彼が身じろぎすると、一瞬にして黒フードの体が膨張する。斬鬼たちが驚く間もなく、彼の体は激しく爆発を起こした。
「自爆術式!? そんな……!?」
「チッ……」
そして、抵抗はそれだけに留まらない。
「……うーん、中々やるねー」
戦闘を傍観していたノーチラスが軽く唸る。二人が振り向くと、先ほどまで倒れていた勇者達の体が、地面から湧き出た闇にゆっくりと呑まれていく最中だった。
「しまった、奴はデコイだったか……!?」
彼女たちの後悔も先に立たず、最後の一人の体がとぷん、と呑まれると闇はその姿を消した。




