第五十七話
「話は聞いてるよー! キミがヴィルのとこにいるっていうニンゲンだよね? ボクはノーチラスって言うんだ! 宜しく!」
「え、ええ……宜しく」
とても天魔将軍とは思えぬフレンドリーさに面食らいながらも、差し出された手を握るアンリ。童女らしく柔らかい肌の感触が伝わってくる。
「ノーチラス様は何故ここに? 本来はこちらからノーチラス様の領地へ伺う予定だったのですが」
「んー、実はヴィルから連絡を貰ってさ。『これから斬鬼達が訪れるはずだから、できれば迎えて欲しい』って。あのヴィルたってのお願いなら断れないな〜ってさ」
「なるほど、やはりヴィルヘルム様の慧眼が光っていたのですか……!!」
斬鬼達の旅路はヴィルヘルムに伝えていない。しかし、彼はそれを読んで事前に根回しを図っていたのだと改めて斬鬼は感動を覚える。アンリに至っては、その未来視とも言える予測に薄ら寒さまで感じていた。
……なお、お分かりだとは思うが一応補足しておくとヴィルヘルムは彼女の言葉通りこんな事を言ったわけではない。というか、そもそも意図してノーチラスに通信を掛けた訳ですらない。
事の経緯を簡単に説明しよう。まず、暖かい太陽の陽気に当てられたヴィルヘルムが、眠気に耐えきれず舟を漕ぐところから事は始まる。
そこから通信用の宝珠にうっかり触れてしまったヴィルヘルム。チャンネルは偶然ノーチラスの元へと繋がり、丁度暇を持て余していた彼女はそれに出る。
いつもの様に元気の良いノーチラスが『ヴィルどうしたのー?』と声をかけた事で彼は眼を覚ますが、それでも半ば夢の中にいる為受け答えも覚束ない。なぜノーチラスの声が聞こえるのか、という疑問にも深く考える事なく、世間話の感覚で話を切り出した。
『……斬鬼達が出かけた。魔王の為に……』
普通の相手であれば何を言っているのか、となって終わりだろう。だが、幸か不幸かノーチラスは童女の風体をしていながらも察する能力は高い。ヴィルヘルムが普段からこういった短文のコミュニケーションを取っているということも、違和感の無さに拍車をかけた。
『オッケー任せて!』とノーチラスが元気よく通信を切ったところで、ようやくヴィルヘルムは眠気を振り払う。
一体自分は何と会話をしていたのか、と暫く考えた後。
『……まあ良いか』
考える事を放棄して、再び穏やかな昼寝の時間に入った。ちなみに、ここから彼を起こすものも現れず結局六時間ほど熟睡してしまうのが常のルーティーンである。これでは統治者というより最早ニートだ。
以上、ヴィルヘルムの実情。だがそんな彼の事実などいざ知らず、周りは勘違いを加速させていく。まあ最早いつものことであるが。
「最近はなにかと物騒だからねー。何かとニンゲン達の動きが活発になってきてるし、警備も増やさないとダメかなー」
「……やはり魔王様がお隠れになられた影響が?」
「かなー? でもどうなんだろ。魔王サマが消えたって事がニンゲン達に漏れてるのかな? それにしては活動が早過ぎる気もするなぁ……」
「内通者がいる、という事では?」
「まー裏切ったのがヴェルって事を考えるとそれが一番ありえるっぽい。でもあのヴェルがそんなまどろっこしい事するかなー……」
二人が真剣に話し合う様子を見て、唖然とするアンリ。見た目幼女にのんびりとした話し方のノーチラスが、こうもしっかりとした予測を立てていることに驚いているのだろう。
アンリの様子に気付いた斬鬼が、呆れたように溜息をつく。
「なんだその間抜け面は。だからノーチラス様は天魔将軍の一人だと事前に言っておいたというのに」
「そんな事言われても……天魔将軍って脳筋の塊だと思ってたし……」
「貴様、それはヴィルヘルム様を馬鹿にしているのか? 八つ裂きにするぞ」
「そ、そんなこと言ってもヴェルゼルとか脳筋の典型だったじゃない!」
「……」
ヴェルゼルを引き合いに出されては斬鬼としても弱い。何も言い返すまいと途端に黙り込んでしまった。
「もー、これでもボクは天才なんだぞ! ボクがいなきゃ魔王軍は回らないんだから!」
ブンブンと両腕を振り回しながら不平を唱えるその様からは、とても賢さは見られない。少なくともヴェルゼルから感じたような圧をアンリが感じる事はなかった。
「魔王軍の兵器とか道具を作ってるのは全部ボクなんだからね! ヴィル達が使ってる通信用の魔道具を作ったのもボクなんだから!」
「ノ、ノーチラス様……仮にも機密の情報をあまり吹聴するのはお止めください」
「あれ、そういえばそうだったっけ? まあ大丈夫だって! 斬鬼ちゃんは心配性だなぁ〜」
「ちゃん付けはお止めください。私ももう昔とは違いますので」
「えー? でもあの頃の斬鬼ちゃんはいっつもヴィルの後ろを……」
「ノーチラス様!」
ケラケラと朗らかに笑うノーチラス。堅物の斬鬼も、彼女にかかれば形無しである。そんな珍しいとも言える痴態をアンリは意外そうな目で見つめた。
「……なんだ貴様その目は。私を見る暇があるなら索敵の一つでもしたらどうだ」
「いや……なんか意外だなぁと思って」
「ええい、貴様に何かと言われる筋合いはない! 黙って肉でも焼いていろ!」
「もう無いわよ……」
そんな言い争いをする二人を見て、ノーチラスが一言。
「仲良いねー」
「「良くない(です)!」」
「おー息ぴったり」
バチバチと火花を散らしながら睨み合う二人。喧嘩するほど仲がいいとは良く言われるが、相性が悪いように見えて意外と悪くないのかもしれない。多分。
「うんうん。二人の仲を確認出来た所で、それじゃあボクの街へれっつごー! ……って言いたい所なんだけど」
ノーチラスは頭の後ろで手を組むと、まるで何でもない事のように言った。
「気付いてる? さっきからボク達を見てる誰かがいるって事」
『!?』
すぐさま構えを取り、辺りを警戒する二人。確かに注意深く感覚を巡らせれば、何者かの気配が感じられる。
「ほぅ、流石は天魔将軍だ。俺たちの気配に気づいていたとはな」
バチリ、と空間に紫電が走る。
何もなかったはずの場所から、まるで空間が割れたかのように数人の人間達が唐突に出現した。
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