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ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?  作者: シュリ
第三章 自分って偉いんですか?
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第五十三話

 



 ──魔都、襲撃。現魔王の体制が敷かれてからは一度も無かったスキャンダラスな話題は、瞬く間に大陸中を駆け巡った。


 人間と魔人族は長年の敵対関係にある。一方が弱まれば、もう一方がここぞとばかりに攻めかかり、しかし攻められる方もその隙を突こうと虎視眈々と狙い続ける。そんな歪な関係。

 そして、四天王の一人が内乱を起こしたこの状態は、人間側にとって絶対的な好機。故に、日頃から蓄えていた軍備を彼等はここぞとばかりに吐き出す。


 そして、それは魔人領から遠く離れた国においても例外ではない。人間と魔人領の境界であり、ヴィルヘルムが治める土地でもある『禁域』から北方に二つほど国を挟み、更に国境には山脈がそびえ立っている国、アンドロマリウス王国。

 ちらほらと粉雪が舞い散る中、王城前の広場には革製の鎧を着込んだ兵士達が勢揃いしている。肌を刺すような冷気が吹き荒んでいるが、彼等の爛々とした眼差しからは僅かにも疲弊の色は無い。それどころか彼らから漂う熱気が、吹きすさぶ冷気を吹き飛ばしているのではないかと幻視出来る程だ。


「全軍、進めーーっ」


 咆哮の如き掛け声とともに、集団が一気に動き出す。軍靴の行進が地を震わせた。


 まさに壮観。兵士達が一糸乱れぬ統率を発揮する中、聳える王城のバルコニーからその様を悠然と眺める者達がいた。


「ふむ……これは中々だな。我が兵がここまで力を発揮出来るとは、まさか思わなんだ」


「そうでしょう? 我が商品、気に入って頂けましたか?」


「ああ、勿論だとも。貴君の提供する物にはいつも驚かされる」


 一人は豪奢な毛皮のコートを羽織った老人。言うまでもなく、彼はこのアンドロマリウス王国の国王だ。蓄えた口髭を撫でながら、満足気にバルコニーからの光景を楽しんでいる。


 そして、その場に立つのはもう一人。黒い眼帯を右目に装着し、柔和な笑みを浮かべる男。その服装は漆黒に包まれており、華美な装飾などは一切無い。


「是非ともこれからご入用の際は、私共のレグルス商会を宜しくお願いします。勿論、価格は勉強させて頂きましょう」


「おお、それはこちらから頼もうと思っていた所だよ。君のところは他よりも品質が良い。そして何より、()()()()()()()様な商品もあるからね」


「勿体無いお言葉」


 と、慇懃に男が頭を下げた時。彼の側に一人の影が降り立つ。


「……失礼。そろそろご予定の時間が差し迫っておりますが」


「おっと、もうそんな時間か……はは、楽しい時が過ぎ去るのは実に早いですね。私としても、自らの『商品』がどれ程有用か見ていたかったのですが」


「何、そう焦らずとも我が軍は多大な戦果を挙げて帰還するだろう。座して待つのもまた一興というもの。君もその心意気をよく覚えておくと良い」


「これは手厳しい。なにぶん不調法者でして……それでは、この辺りで失礼させていただきます。またご入用であればこちらの書類の方にご記名を……」


 では、と男が言い残すと側にいた影共々黒い霧と化し、そのまま何も無かったかのように搔き消える。


 国王はそれまで浮かべていた柔和な笑みを消すと、手元の資料を眺めながら一つ鼻を鳴らした。


「胡散臭い男だ……大方、新商品の実験台にでもしようと思っていたのだろうが、我々を食おうとしたのがまず間違いだったな」


 ぐしゃりと勢い良く書類を潰すと、そのままそれを放り投げる。投げられた紙玉は宙空で勢い良く燃え上がり、消し炭の残骸となって敷かれたカーペットに散らばった。


「ならば逆に喰らい尽くしてやろう、小童。腕の一本くらいはくれてやる」


 新たな野望の予感に、国王は不敵な笑みが溢れる事を抑えきれなかった。









 ◆◇◆









「──とまあ、今頃は精々『逆に喰らってやろう』とか思ってるんだろうね。あの老いぼれは」


 雪が降り落ちる中、吐く息を白くさせながら男はそう呟いた。


「……であれば商品を紹介する必要は無かったのでは? そのような相手との取引、とても上手くいくとは思えませんが」


「んー、ちょっと違うな。そういう相手()()()良いんだよ」


 疑問を呈した影──黒ずくめの装束を纏った女に、彼はまるで講義する様に語り掛ける。


「ああいうタイプは自分の方が上位に立っていると信じて疑わない。こっちに策があると分かってても、それを踏み越えてやろうとするものさ。その方がこっちにとっても都合が良い」


「……そんなものでしょうか」


「そりゃそうさ。()()()()()()()()()()()からね」


 そう言うと、男はポケットから透明な小袋を取り出す。その中には真っ赤な錠剤が一粒だけ入っていた。


「マギルス皇国で開発されていた、通称『魔人薬』。こいつを飲めば、過剰な魔力摂取の影響で一気に身体能力が上がる。だがその特性上暴走が起きやすい上に、思考が暴力的になるというデメリットが存在する。皇国はそいつを上手く解決することができず、その上それを使う筈の勇者も死んじまって、結局不良在庫を大量に抱えたって訳さ」


 だが、と言葉を続ける。


「発想の転換だ。効用を副作用に、副作用を効用と考えれば簡単な事。魔力である程度性格に指向性を持たせられるなら、これを摂取させる事でより人を好戦的な性格にさせる事もできるって事だ。勿論多量摂取は御法度だが、こっそり破片を混ぜるくらいなら違和感もないだろう。勿論かの国王にも、ね」


 袋から取り出した錠剤をピシリと男が指で弾くと、それは粉々に砕け散った。


「しかし、これを持ち出した直後にまさかマギルス皇国が堕ちるのは流石に予想外だったね。しかもやったのは()()『瞬刻』。あの男が居たんじゃ任務も一苦労だったろうね。君の足止めもあまり効きが良く無かった様だし」


「……お恥ずかしい限りですが。次回は魔族ごときに不覚を取るつもりはありません」


「それは心強いね。是非とも期待したいものだ」


 元々薄い笑みを浮かべていた男だが、その顔により強い笑みが刻まれる。より酷薄な、より凄惨な。


「来たるべき魔人族との戦争……最早その時は近い。奴等を殲滅するその日が待ち遠しいね」


 彼がそう呟いた瞬間、白銀の風が吹き荒び、男達の姿を覆い隠していった。

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