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ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?  作者: シュリ
第三章 自分って偉いんですか?
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第五十二話

お、お久しぶり……

 



 ──ヴェルゼルによるヴィルヘルム襲撃、その一日前。


 魔王城の城下町、ラクレント。魔王が中心に座すある意味絶対的に安全な町は、今やその様相を一変させ、最早戦場と化していた。


 あちこちから立ち上る火の手。それは収まる事なくより勢いを増し、街全体を呑み込まんとする。当然この不自然な炎は自然のものではなく、魔法で作られた人為的なものだ。


「ははは! さあ炎よ燃えるのだ! この町を全て焼き尽くし、魔王の命をも奪い去れ!」


 黒いローブを着た魔導師風の男が、巨大な火の手を前にしながら歓喜の声を上げている。周囲には幾人もの魔人たちが折り重なって倒れており、火の手を目の前にしてもピクリとも動かずにいた。そう、既に事切れているのである。


「……き、さま……魔王様に、叛逆するつもりか……」


「なんだ貴様、まだ意識があったのか。大人しくしていれば見逃してやったと言うのに……」


 僅かながらも息があった一人の魔人が、苦しそうに息を吐きながら問いかける。男は彼に歩み寄ると、その腹を思い切り蹴り上げた。


 赤混じりの唾液とくぐもった悲鳴。反論する余裕すら無くなった魔人に、男はさらに追い討ちをかけていく。


「ああそうだ! あの甘っちょろいガキに魔人族の未来は無い! 強い者が生き、弱い者が死ぬ。それが生物の真なる摂理! 弱者である人間を殺す事なく、なあなあで済ますあの魔王にはうんざりなんだ!」


「──そうですか。であれば、貴方は真っ先に死ぬべきなのでしょうね」


「あ? なに──」


 しかし、男が台詞を言い切る事は出来なかった。


 首から上下に両断され、まるで噴水のように湧き出る鮮血。術者であるフードの男が死ぬと、燃え盛っていた炎もその勢いを急速に弱めていった。


「これで七十五()目。全く、次から次へと害虫のように湧き出てきますね」


 暗殺を華麗にこなしたのは、魔王直属のメイドであるセリーヌ。その頰は僅かに返り血で濡れていたものの、純白のエプロンドレスにはシミひとつ見当たらない。

 静かに佇む様は側から見れば丸腰にしか見えないが、その内側には確かに凶器が隠されているのだ。


 セリーヌは手に魔法陣を出現させると、魔力による念話で麾下のメイド隊に指示を出す。


「全隊員に通達。『鼠』は出来るだけ生け捕りにするように。私の分は──」


 瞬間、彼女の右腕が閃く。


「ぐ、ごは……」


「──残せそうにありませんので」


 物陰から密かにセリーヌを狙っていたこれまた黒ローブの男。その男の胸には、()()()()()()伸びた銀鎖の穂先が突き刺さっていた。


 彼女の種族は不死(アンデッド)。不死に近い状態となる代償に、生命活動のリソースをほぼ魔力で補うことになる。それはつまり、生きる上で肉体的な活動を必要としない事でもある。

 故に、彼女は己の肉体に様々な暗器を仕込んでいるのである。服の下などでは隠しきれない量の暗器も、体内であれば不自然なく隠し切ることができるという事だ。


 鎖を引き戻すと同時に崩れ落ちる男。その末期を見届ける事なく、セリーヌは高く聳える魔王城を見やった。


「……魔王様、どうかご無事で」









 ◆◇◆









「……ふむ。貴様は反抗的だが、愚かでは無いと思っていたのだがなぁヴェルゼル。どうやら我の目も曇ったか?」


 玉座に座す魔王ハーグルス。その眉間を揉みながら呆れたように渋い顔を作っているが、その周囲は炎で包まれている。その熱量は見るだけでも明らかだが、当のハーグルスは動じるどころか汗一つかいていない。


 そして、彼女の前に立つのは他ならぬヴェルゼル。竜人としての性を解放し、翼や爪、牙を露わにした彼女は、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらハーグルスの前に立ちはだかる。


「いいや、曇ってねェよハーグルス。オレは勝算のない戦いはしねェ。単純な話、アンタに勝つだけの戦力が整ったってだけだ」


「ほう? これがその戦力だと? この温い炎がか?」


 ハーグルスが軽く指を鳴らすと、辺りで燃え盛っていた炎が全てかき消える。魔力によって生み出された炎は、より強い魔の波動の前には無力となるのだ。


「ケッ、相変わらずガキのくせにバケモン染みた力持ッてやがる。これでも随分魔力をぶち込んだ方なんだがなァ」


「格の差よ。再確認出来たのならさっさと諦めよ。今ならまだ尻叩き一万回で許してやる。ま、一発一発に極大魔法をしっかりと込めてやるがな」


「冗談。この程度がオレの全てな訳が無いだろう……がッ!!」


 瞬間、ヴェルゼルの姿がブレる。


 ──ガッッッ!!!


 ヴェルゼルの巨大な爪が、ハーグルスの首筋へ伸びる。命を絶たんとする一撃は、しかし魔王の目前に現れた紫色の魔法陣によって隔たれていた。


「一年前と変わっとらんな。強いて言えば速さは上がったか? まあ、とはいえ過信する程の力でも無い」


「ケッ、言ってろ!」


 爪に魔力を纏わせると、赤黒い煙雷がバチバチと音を立てる。そこからより勢いを増した連撃がハーグルスへと襲いかかった。


 恐ろしい音を立てながら右、左と叩きつけられる鉤爪。しかし、その悉くは魔力で編まれた盾に自動で弾かれていく。正面、正面、正面。間隙を突く様に高速で背後に回り込んでからの一撃。その全てに反応して、魔法陣は完全に阻む。魔王はその様を、しかし不機嫌な顔つきで眺めていた。


「……(いにしえ)の竜の力か。またつまらん物を持ってきたものよ……その力、覚醒させたのは喜ばしいが、それで付け上がるとはやはり愚かとしか言えんな」


「アア!? 舐めてんじゃ──」


 しかし、文句を言い切る前にヴェルゼルは大きく体を引く。その直後、目にも留まらぬ勢いで魔力の槍が、先程までヴェルゼルの頭があった場所を通り過ぎていった。


「そちらだけ攻撃するのは反則だろう? そら、今度はこちらの番だ。精々足掻けよ?」


 軽くハーグルスが指を振ると、次々とヴェルゼルの元に攻撃が降りかかる。剣、槍、斧。わざわざ様々な武器の形を象っているのは余裕の顕れであろうか。だが、その一撃一撃はヴェルゼルにとって致命傷ともなり得る物であり、故に彼女は避けざるを得ない。


 ジリジリと距離を離されるヴェルゼル。遠距離戦の心得がないわけでは無いが、近距離を得手とする彼女にとってこの距離(レンジ)は不都合しか無い。ましてや相手は魔王。不得手を押して勝てる相手では無いのである。


 だが、彼女にも策はある。魔王を倒すために用意した、とっておきの策が。


「……む?」


 ころり、と足元に転がってきたビー玉の様なもの。攻撃にもなり得ない物は、彼女の魔法陣の自動防御には引っかからない。


 そしてその玉から、音を立てて紫の煙が噴出される。訝しんだハーグルスはそれを遠くへ蹴り飛ばしたが、目的はすでに果たされていた。


「──遅くなりました、ヴェルゼル様」


「ああ、ホントーに遅かったな。こちとら力制限されてんだから、もう少しで死ぬとこだったぜ」


 ヴェルゼルの隣に立つ黒衣の女。ハーグルスの足元に謎の玉を転がしたのも彼女の仕業だ。魔王に気配すら生じさせず現れたその技量は、並大抵のものではないだろう。魔王の自動防御が無ければ、恐らく攻撃の直前、殺気を表した瞬間までハーグルスすら気付けるかは怪しい。


 明らかに怪しいと分かる風貌の女が、ヴェルゼルに傅いている。そこはかとなく、どころでは無く漂う陰謀の匂いに、ハーグルスは顔を顰めた。


「まあ、これならようやく奴に勝てる──そらよ!!」


 地面に転がっていた礫を放り投げるヴェルゼル。何を無駄なことを、と泰然と構えていたハーグルスは、しかし次の瞬間何かに気づいたかの様に身を躱す。


 背後の壁に突き刺さり、大穴を開けた礫。しかし重要なのはそこでは無い。


「……チッ、魔封じの香か。また面倒なものを」


 そう、自動防御が発動しない。魔力が尽きぬ限り発動し続けるそれが発動しないということは、他の要因によって阻まれているという事に他ならない。


 魔力を封じる「魔封じの香」。存在自体はハーグルスも知るところにあったが、その扱いは非常に難しい。なにせ魔力を無効化するのだから、その香を容器に封じ込める事自体困難となるのである。


「これで状況は傾いたなァ? まさか一対二を卑怯とは言うなよ」


「……ここで死んでいただきましょう」


 勢い付くヴェルゼル達に対し、静かに俯くハーグルス。しかし、唐突に懐からロリポップキャンディーを取り出すと、それを咥え込む。


「……我ほど力が強いとな、色々と苦労するのだよ」


「ハァ? 唐突に自分語りかァ? まだガキの癖に、語るほどの過去もねェだろうがよ」


「魔力を上手く制御できない時が特に大変だった。常に溢れる魔力が周りの魔人に影響してしまってな。お陰で忌み子とまで言われたよ」


 ヴェルゼルの茶々も無視し、語り続けるハーグルス。


「こうして成長してからはだいぶマシになったものだ。だがそのせいか、滅多なことでは全力を出さないという頭の悪い癖まで付いてしまった。本気を出すには、トリガーとなる行動をしなければならない」


「あ? 何を言って……」


 バキリ、と音を立ててロリポップが噛み砕かれる。破片となった飴細工が、バラバラと地に落ちた。


「分からんか? ──()()()()()()()()()()という事だ」

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