第十一話
土日のお休みでしっかり英気を養って来ました。今週も頑張って参ります。
「ああん? なんだ、スルトかよ……こいつなんなん? ぶち殺していい奴?」
地に倒れ伏したミミを見ながら、先程まで男達を殺していた時とは打って変わって、勇者である男は興味なさげに呟く。
剣を肩に担ぎながら耳を穿る彼に対し、禿頭の男――スルトは冷静に語る。
「いえ、恐らく彼女は魔王達の密偵でしょう。当面は人質としての価値がある筈です」
「はーかったりぃ。んな事どうでもいいから殺しゃいいだろ」
「っ……」
勇者とは思えない程の非情な発言。スルトは小さく歯噛みする。
勿論、彼女が密偵だとした場合、人質として役に立つ可能性はかなり低いだろう。そういった裏仕事を行う者は、大抵の場合使い捨て。無事帰れれば良し、捕まったなら無関係と言い張り見捨てる。それが普通の対応だ。
だが、彼にはこの幼子を処断するという事が出来なかった。
そこには子供に対して非情になりきれない甘さ、そして自身の人間性を保ちたいという保身。様々な感情が入り乱れて、彼の頭を駆け巡る。
だが、その中でも最も大きかったのは、かの勇者への反発だった。
「チッ、お目付役が来るとかいってたから面倒になるとは思ってたが、それにしても邪魔すぎ。なんでこっちのお楽しみまで邪魔されなきゃなんねぇんだよ」
「御言葉ですが勇者様、虐殺を楽しみと呼ぶにはあまりに悪趣味が過ぎます」
「ああ? 魔族共を殺せっつったのはテメェら王国のお偉いさん方じゃねぇか。俺は正確にテメェらの要望に応えてやってるだけだぞ? それの何が悪い?」
勇者とは狂人のなる者。衆生を救いたいというプラス方面に狂う者が居れば、その逆も然り。
大した理由もなく、相手が魔人族とみればすぐ様殺す。そんな悪鬼のような男でも、魔王達を打ち倒すには多少の役に立つと、見境なく勇者として送り込んでいるのが人間側の現状だった。
そして幸か不幸か、この勇者として選ばれた男はかなりの実力を持っていた。大半の者は道半ばで倒れる所を、彼はその狂ったような精神と我流の剣技で生き残ってきた。そして遂に、前人未到の魔王領まで辿り着くというかつてない偉業を果たして見せたのである。
本人の特性さえ抜きにすればまず間違いなく英雄。だが、その実態は只の快楽殺人鬼と変わらなかった。
目付け役として選ばれたスルトは、そういった曲がった事が許せない、おおよそ善人であった。初めの内は勇者と共に世界を救うことが出来ると息巻いたものだが、その当の勇者の言動を見ている内に、自身の行いが本当に正しい物なのか疑い始めてしまったのである。
だが、いくら疑問を持とうとこれは国王から直々に任された重要な任務。それを中途で投げ出して何処ぞへ行こうというのも彼の自制心が許さず、結局ここまでずるずると来てしまっていた。
「とにかく、この場でこれ以上の虐殺は看過できません。既に密偵も差し向けられているのです。下手をすれば私たちの事が誰かにバレてしまうという危険性も――」
「――生憎だが、貴様らの事は既に知っている」
ふと、頭上から声が掛かる。ゾクと背筋が凍り付くような、底冷えのする女性の声。
咄嗟にスルトが仰ぎ見ると、既にナニカが眼前まで迫り――
「ぐ、おおおおおおおお!!!?」
それは、ほぼ偶然であった。条件反射的に交差させた両腕に、かつてないほどの衝撃が降りかかる。
両腕に着けられたガントレット、そしてその内側にある筈の骨までもがミシミシと悲鳴を上げ、その一撃の重さを如実に伝えてくる。
路地の地面をガリガリと削り、スルトの巨体が後ずさる。
「ぐっ……おおっ!!」
気合一閃。持てる力をすべて使って、相手の攻撃をどうにか受け流す。
攻撃を放ってきた張本人は、くるりと空中で体勢を立て直し、勇者たちの前に立ち塞がった。
「貴様らが勇者か。そのような貧相な成りでにわかには信じ難いが……まあいい。とにかく死んでもらうとしよう」
キン、と鯉口を鳴らし、襲撃者ーー斬鬼は無表情でそう告げる。
「ぐっ……魔王の刺客! 既に我らの人相は割れていたという事か!」
「フン、どうせ国境を越えられた位で自身らが優れていると思い上がっていたんだろう? その高く伸びた鼻っ柱、この場で叩き折ってやろう」
「おっと、怖い怖い。折角の美人が台無しじゃ〜ん」
ヘラヘラと笑う勇者に、斬鬼は鋭い視線を向ける。だが、その底冷えのする視線を受けても、彼は一切その表情を変えない。
「なあなあスルト、こいつ魔王のお仲間なんだろ? だったらやる事なんて一つじゃん」
「やる事? 一体何を……!?」
倒れ伏したミミの首根っこを掴み、高く持ち上げる勇者。その小さい頭に聖剣を向け、下卑た笑みをその顔に浮かべる。
「こいつの命が惜しけりゃ今すぐ降参しろ、って話だ!」
「そ、そんな!?」
「ああ? まさか止めろなんて言わねぇよなスルト? 人質にするってのはテメェが言い出した事だ」
「ぐっ……」
少しでも少女の命を延命させようとした行いが、まさか最悪の形で帰って来てしまうとは。内心でスルトは、自身の行いに頭を抱える。
だが、こうなったら相手も躊躇するのは事実。後は芋蔓式に魔王まで引っ張れば、勇者の惨劇も一旦は終わりを見せるだろうーー
「フン、だからどうしたと言うのだ」
「なっ!?」
「……キヒッ」
だが、斬鬼は人質が通じるような甘い相手ではなかった。
それは彼女に仲間意識が無いという事ではない。コミュニケーションは(横柄ながらも)しっかりと取り、力のある味方であればその背を預けたりもする。
だが、問題はその思考回路だった。ヴィルヘルムに忠誠を誓った以上、目的達成のためならば命を惜しまないのは当然。そんな彼女の考え方を、当然の如くミミにも押し付けているだけだ。
そして、ミミが意識を失う間際に放った思考は、最後に発動した魔法によってしっかりと斬鬼の元まで届いていた。
それを受け取った事で、彼女は既にミミの生死を問おうとはしていなかった。ただ彼女の最後の任務を果たさせる為に、後詰めとして出て来たのである。
彼女にとって、その思考は何よりも論理的だった。だが、それを側から見た者にとっては別。
(クッ……やはり魔族は魔族! 仲間意識など欠片も無い、非道の連中だったか!)
内心で静かに歯噛みするスルト。だが、彼の側にも人間代表として残虐な勇者がいる事を忘れてはならない。彼が魔族に対して思っている事は、魔族が人間に対して思っていることと同じなのである。
「オーケーオーケー、そんじゃあこいつの身はどうなってもいいって訳? 何だったら俺が好き勝手に弄んじゃうけど?」
「……何処までも下卑ているな。貴様は我が主の目に入れる必要も無い。この場で斬り捨ててくれる」
「ケケケッ!! 良いぜ、その強気な面が泣き顔に変わる瞬間が最高に楽しいんだ!」
そして勇者は、聖剣を持つ手に力を入れーー
「……危ね」
「グフッ!!??」
ーードゴオオオオオオオオオオオ!!!!
突如現れた人影が、クレーターを作りながら勇者を吹き飛ばす。
衝撃で宙を舞うミミの体を、人影はフワリと受け止める。その轟音で目を覚ましたのか、彼女はその苦しげに閉じられていた目をゆっくりと開く。
「「……ヴィルヘルム様?」」
斬鬼とミミの声が、ステレオのように重なった。
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