53話『託された思い』
雪に避けられ続けながらも学校は終わり、雪は逃げるように学校から去って行ってしまった。そのあとを当初の予定通り俺一人で追いかけ、なんとか雪に追いつけると思った矢先に、最悪の事態が起きてしまった。
「奏斗さん、奏斗さんはマスターが留学するのを止めないんですか?」
そう、俺の目の前には聡が立ちはだかっていたのだ。
「勘違いしてんじゃねえよ。俺だって最初は止めようと思ってたさ。けど、それが雪の為にならないと思ったからもう止めないだけだ」
「そんな事聞きたいんじゃないんですよ。マスターの為だとか、そんなのどうでもいいんです。どうして無理やりにでも止めなかったのか聞きたいんです。ほら、奏斗さんってマスターに執着してるじゃないですか」
「そんな事―――」
「いえ、そんな事ありますよ。だからこそ、僕は疑問が浮かぶんです。今の奏斗さんからはマスターを止めようという気概は感じられません。ついにマスターを諦めることにしたんですか?」
「そんなんじゃねえよ。さっきも言っただろ? 俺は雪の意思を尊重してもう止めないだけだ。……まぁもう一度だけ話したいけどな」
「へぇ、今までの奏斗さんならそんな事考えなさそうなのになぁ」
聡の言葉にはなにかひっかかるものを感じてしまった。確かに、今までの俺は見苦しいほどに雪に執着していた。雪が俺の近くに居てくれることに幸福を感じ、その幸福を逃がさないようにしていた。けど、それは間違っている。雪の為にと思って行動してきた俺の行動は大概自分の為だ。自分勝手に周りを巻き込み、迷惑を掛けるだけの存在。それが前までの俺だ。
「そうだろうな。前までの俺ならこんな事言わないし、今もお前を押し退けて雪の元に向かってるさ」
「じゃあ―――マスターの留学の出発日が今日、って言ったらどうします?」
ニヤけたような、如何にも悪人のような顔つきで聡は俺を試すように言い放った。
「そうか。なら俺は急いで追いかけて俺の気持ちを全部伝えるさ。そして、雪を笑顔で送り出すよ」
俺の言葉を聞いた聡の表情と雰囲気は変わり、いつもの聡へと戻っていった。
「そう、ですか。分かりました。それと、申し訳ありません。僕は奏斗さんの覚悟を聞きたくて試すような真似をしてしまいました。けど、試して良かったと思います。これで僕自身も決心がつきましたから」
「聡、もしかして雪を諦める為に俺を試したのか?」
「はい。僕はマスターから色々話を聞いていました。マスターがあなたに想いを寄せていた事。留学があったからあなたの告白を断ったこと、全て僕は聞いています。マスターのサーヴァントですから。……でも、聞いていたからこそ妬ましかった。自分の為にマスターを繋ぎとめようとするあなたを僕は嫌いだった。覚悟もなく、マスターを傍に置きたいだけに付き合おうとするあなたが本当に大嫌いだった。けど、マスターはあなたを選びました。今でも妬ましいですが、正直あなたの覚悟を聞いた今では僕に勝ち目はありません。ましてや奪い取るなんてもっと無理でしょう。悔しいですが、あなたの方がマスターには、雪さんには相応しいんです。だから、僕は諦めてあなた達の幸せを祈ることにします」
強がって話す聡に俺はなんて言えばいいのか分からなかった。謝ればいいのか、それとも励ませばいいのか。どっちにしても聡を傷つけてしまうだろう。だから、俺はせめて泣きそうな聡を抱きしめようとした。男同士で聡は嫌がるかもしれないが、雪のことを想っていた男を、勝手かもしれないがみっともなく泣かせたくなかったのだ。
「……雪さんは今日の夜出発します。それと、もしも雪さんを泣かせるような真似をしたときは今度こそ奪い取りますからね」
俺の伸ばしていた手を振り払い、俺のことを見据えてから告げた後に、聡は俺の横を上を向きながら歩き去っていった。
涙を流していた聡はきっと相当に雪のことを想っていたのだろう。
……悪いことをしたな。
一瞬だけ頭によぎった言葉をすぐに消し、俺は急いで雪の家へと走り出した。




