38話『聡の決意と妹への相談』
体育館の裏に着いたとき、既にそこには聡が居た。怒っているようにも、慌てているようにも見えないが、雪は何を察して慌てていると思ったのだろうか。
「待っていましたよ。俺の前で演技は不要です。手っ取り早く話を済ませましょう」
雪に着いては疑問が残るが、今更考えても仕方がない。とにかく今は目の前に居る聡と話さなければならないのだ。
「……で、俺に何の話があるんだ?」
聡にも演技がバレてるのは正直想定外だが、既にバレているのなら今更取り繕っても意味はない。普通に会話をするのが最も話を早く終わらせれるだろう。
「単刀直入に聞きます。どうしてわざわざ中二病を演じているのですか? 雪さんや俺のことを馬鹿にしてるとかじゃないですよね?」
「い、いや、そんなことは……」
聡の言葉に対して、俺は言葉が出なかった。よくよく考えれば、俺の中では馬鹿にしていないと思っていても、聡や雪から見れば馬鹿にされていると思われても仕方ないだろう。なにせ、俺は雪の気を引くために演じているのだから。
「奏斗さん、あなたの中で雪さんの存在が大きくなっているのは俺でもわかります。でも、そんな風に中二病をアクセサリーのように扱わないでください。ありのままの自分を偽って、覚悟のないまま雪さんに好かれたいのですか?」
「聡。お前に俺の何がわかるんだよ。いつ俺が雪を好きだと言ったんだ? いつ俺が雪に好かれたいと言った? 知らねえくせに色々言ってくるんじゃねえよ」
聡に図星を突かれたことは俺にとって何よりも嫌だった。――だから、俺は強がって嘘をついてしまった。自分の心にまで嘘をついて、俺の感情を悟られたくなかったからこそ強がることにした。当然、聡は失望している。俺の言葉を聞いた後の表情がそれを教えてくれるのだ。
「……そうですか。あなたの考えは分かりました。それなら俺が雪さんをあなたから奪い取ってみせます。恨まないでくださいよ」
「あぁ、話はそれだけか? 俺はもう戻るからな」
聡は雪を本気で好きになっている。もしも、聡が雪と付き合ったら俺の心はどうなってしまうんだろうか。きっと壊れてしまうだろう。けれど、俺には覚悟がない。どうすれば良いかなんて分からない。聡にこんな事言ってしまったし、今更ホントは好きでしたなんて言えるわけがない。
「奏斗さん、俺は負けませんから」
「……勝手にしろ」
俺の背中に自分の覚悟を示すように宣言した聡に対し、俺は背を向けたまま吐き捨てるように言ってしまった。
――学園祭の一日目も終わり、俺がクラスに戻った時には雪は既に帰っていた。クラスメイトも殆ど帰っており、俺もコートや荷物を持って家に帰ることにした。
「どうせ家に居るんだろうな」
雪のことだから今日も自分の家には帰らないで、俺たちの家に来ている筈だと信じ、俺は少し足早に家へと向かった。
しかし、家に帰っても居るのは奏恵だけで、雪の姿は見えなかった。珍しいこともあるもだ。
「あ、お兄ちゃん。おかえり! 今日はなんか雪ちゃんは自分の家で寝るってさ!」
「そうか。分かった」
「んー? どうしたのお兄ちゃん?」
「いや、なんでもない。汗かいたしシャワーでも浴びてくる」
荷物も部屋へと戻してから、俺はシャワーを浴びることにした。シャワーを浴びているときでも、今日に限っていない雪のことを考えてしまい、俺の心はグチャグチャになってしまった。
シャワーを浴び終わっても、奏恵と他愛無い会話をしながらでも、雪のことが頭から離れない。それほどまでに俺の中で雪という存在は大きくなっていた。
「それじゃ、私は寝るね! お兄ちゃんも早く寝るんだよ?」
「……奏恵。ちょっとだけお兄ちゃんの話を聞いてくれないか?」
誰かに相談なんてしようとは思ってなかった。でも、きっと今誰かに相談しないと俺はまた誤った選択をしてしまうだろう。だから、俺は咄嗟に奏恵を引き留めてしまった。
「全く。やっと話してくれるんだね。分かった。私でよければ幾らでも話は聞いてあげるから」
自分の部屋に戻ろうとしていた奏恵は、俺の近くへと歩き出し、ソファに座った。奏恵が俺に頼み事とかをしてくる時とは逆の位置に座り、俺がいつもの奏恵の位置に座った。
「で、どうしたのお兄ちゃん」
「その、雪についての相談なんだ。自分じゃどうすれば良いか分からなくなっちゃって……」
「あー、そういう事ね。だからお兄ちゃんは今日おかしくなっちゃったのか。うーん。私としては普通に雪ちゃんに伝えてみればいいと思うけどね」
まどろっこしい事をしている俺に対して、奏恵は真正面からぶつかれと言ってきた。実際にそれが出来ればいいが、失敗したときの不安や恐怖を考えると、どうにも行動できる気がしない。
「あぁもう! 大丈夫だから! どんな結果になっても私はお兄ちゃんの味方だから安心してぶつかってきて! 分かった⁉」
煮え切らない態度を示しながら黙っている俺に痺れを切らした奏恵は、ソファから立ち上がりながら俺に言い切ると、自分の部屋に向かってしまった。誰も居なくなってしまったリビングで、俺は相変わらずどうするべきかボーっとしながら考えることしか出来なかった。




