30話『水着回』
「おおっ! 海が見える! これは高純度の魔力を感じるぞ!」
「ですねマスター! 海には危険なモンスターもいるだろうし、気を付けて魔力を高めましょう!」
「お前ら電車で騒ぐな。迷惑になるだろ」
「そうよ。せめて電車を降りてから騒ぎなさい。ま、テンションが高くなるのはわからなくもないけどね」
「うおー! やべぇ! 海だ海! 青いぞ青い!」
俺はため息をつき、雪と聡以外にもうるさくなっていた健を黙らせて電車の窓から海を眺めていた。窓から見える景色は綺麗な海が広がっていており、天気も快晴だ。今日は絶好のお出かけ日和と言えるだろう。
電車に揺られ、降りてからは海へと歩き、今や俺たちの眼前には海が広がっていた。夏休みということもあって、観光客や家族連れ、沢山の人たちが居た。水着へと着替えを済ませてから、俺と健、それと一番早く雪の水着姿を見ようとしていた聡を連れて、先に浜辺で場所を取ることにした。日差しも強く、パラソルを持ってきていなかった俺たちはとりあえずパラソルを借りてから場所を取った。
「お、おまたせ」
「奏斗! 我が姿を見よ!」
浜辺で数分待っていると、雪と絵美が着替えて戻ってきた。絵美は高校生とは思えないスタイルの良さで、ビキニが良く似合っていた。対して雪は少し子供っぽいが、フリルの着いた水着だ。何故か俺に見せようと近くに寄ってくるが、奏恵以外の水着なんて殆ど見たことないからこそ、俺は顔を背けることしか出来ない。背けることで顔が赤くなっているのはバレていない筈だ。
「さすがマスター! めちゃくちゃ可愛いです!」
「おおっ! なんで奏斗は目を逸らしてるんだよ! 見てみろってやばいぞ!」
「ちょ、ちょっと! 騒がないで! 恥ずかしいでしょ……」
「ふっふっふ。我がサーヴァントよ。我の真の姿をとくと見ておけ!」
うるさい四人を置いて、俺は一人で海へと向かった。なにも考えないで海に入ったが、予想以上に冷たく、ついつい声を上げてしまった。さりげなく周りを見渡すが、俺の声に反応している人は居なく、安堵のため息をついた。
「あっ! 奏斗が先に海に入ってる! ずるい! 我も行く!」
「マスター、待ってください! 俺も行きます!」
「ほら! 絵美も行こうぜ!」
「そ、そうね。行くから引っ張らないでちょうだい……」
雪に続いて皆が俺の元へときてから、俺たちの海での遊びは始まった。海での遊びに飽きれば、持ってきた浮き輪でボーっとしたり、一応スイカも持ってきてはいたが、観光客の多さなどでスイカ割りをすることが出来なかったのはショックだったが。
「もうお昼ね。時間が経つのが早いわ……」
「それだけ楽しめたってことだろ。ま、腹も減ったし飯にしようぜ」
「うむ! 奏斗の言う通り! 魔力補充をしよう。おあつらえ向きに海の家という所もある。さぁ行こう奏斗!」
「おい雪! 皆を置いていくなって!」
遊んでいたからこそ、雪は相当お腹が空いていたのか、海の家ではいつも以上に食べていた。しかしまぁ、海の家でご飯を食べるのは初めてだったし、まさかここまで美味しいとは思わなかった。海という特別な空間での食事というのもあるのだろうが。
「マスター。この海からクラーケンの香りがします。一緒に討伐しましょう!」
「待て。クラーケンの気配は我も気づいていた。しかし、我らじゃ勝ち目は薄い。ここは一つ、奏斗にでも……」
雪は俺の方をチラリと見てきている。聡に限っては雪とは違って俺のことを睨んできている。健と絵美は普通に二人で仲良く遊んでいるし……なんだあいつらあんなに仲良いならさっさと付き合えよ全く。
「仕方ねえな。少しだけ付き合ってやる」
「か、奏斗が動いた⁉ サーヴァントよ、これは凄いことだぞ!」
「むむむっ。俺としてはあんまり嬉しくないことですが、マスターが喜ぶのなら俺も喜びます!」
なんだこいつ。嬉しくないのに嬉しい振りをするとかやばくないか? 雪のこと神とでも思っているのだろうか。
「それより、俺は変な詠唱とかしないからな」
雪や聡に合わせてこんな公衆の面前で詠唱をしようものなら変な目で見られること間違いなしだ。
「大丈夫。奏斗は最悪の事態に備えてくれてれば問題ない」
「さ、マスター。まずはクラーケンを民衆の危機から守るために結界を張りましょう」
「うむ! そうしよう! 「シュヴァルツ・オブ・シールド!」」
「俺もやります! 「クリエイティブ・シールド!」」
変なポーズを取りながら中二セリフを叫んでいる二人を見ながら、俺は目を逸らす。俺も一緒に付き合ってやるとは言ったものの、やはり恥ずかしい。せめて家とかなら問題ないのだが。
――それからも、雪と聡は公衆の面前で俺なら悶え死ぬくらいの言葉を叫んでいた。だからこそ、俺は二人を強制的に黙らせて、二人を連れて自販機へと飲み物を買いに行った。健や絵美の分も購入し、仲良く遊んでいた二人にも渡した。邪魔をしたみたいで悪い気もしたが、俺一人で雪と聡を制御することは出来ないからこそ任せることにした。
「んー。なんか考えてみると海ですることって少ないよな」
「そうか? 砂遊びとかも子供に戻ったみたいで中々楽しかったりするぞ?」
日に当たりすぎて疲れた俺は一緒に休んでいた健と話していたが、数分休んだだけで雪に呼び戻されて海に連行されて遊びに付き合わされてしまった。遊ぶのも楽しいが、もう少し休ませてほしいのが本音だ。まぁこんな事奏恵に言ったら「夏休みで十分休んでるでしょ!」――的な感じで言われる気がするが……。
「ふー、今日は結構遊んだな。明日は筋肉痛になりそうだ」
「俺も夏休みに入って久しぶりにまともに運動した気がするわ」
「マジか、それはやべえな。もう少し運動したらどうだ?」
「良いんだよ。俺は休みたいときは休む主義なんだよ」
海で沢山遊んだ後の電車では、俺と健以外は寝てしまっていた。はしゃすぎたこともあって、疲れていたのだろう。今も喋り相手になってくれている健も眠そうだ。
「健も別に寝ていいぞ。駅に着いたら起こすから安心しとけ」
「マジでか。眠くて意識が朦朧としてたから助かるわ。それじゃ、お言葉に甘えさせていただいて寝ることにする。……あ、先に言うけど、襲うなよ?」
「誰が襲うかボケ。さっさと寝ないと駅に着いてもお前だけ起こさないからな」
「軽い冗談だっての。でも起こされなくて寝過ごすのは勘弁だから黙って寝るわ。後は頼んだぞ」
さりげなく俺の肩を勝手に使っている健にイラっとしながらも俺は窓から景色を見たり、皆の寝顔を見ていた。もちろん、誰かが起きて俺の話し相手になってくれるとかはなく、目的の駅に着くまで誰一人として起きてくれなかった。
駅に着き、時間的にも遅くなっていたので、絵美は健が送っていき、当たり前だが、俺は雪と帰ることになった。聡はどうやら駅から家が近いみたいで、一人でも大丈夫みたいだ。
「ほら雪、帰るぞ」
「奏斗……我は眠いぞ……これではまともに歩行できぬ……」
「お前なぁ、はぁ、まぁいいか。今日だけだからな。早く乗れ」
まるで子供のように歩けないとか言い出す雪を置いていくわけにもいかないし、仕方なく俺は雪をおんぶして帰ることにした。そこまで疲れてないし雪くらいなら俺でも家まで背負えるはずだ。
「奏斗、感謝する……でも、重かったりしない?」
「別に重くねえよ。そんな事気にしなくて良いからおとなしく寝てろ」
「うん。ありがと」
ちょっとカッコつけて重くないとか言ったが、本格的に雪が寝てからは地獄だった。雪の全体重を背負うのは非力な俺には厳しく、今日ほど筋トレをしてればよかったと思える日はないだろう。現に、持ってる力を出し切ってなんとか家までたどり着いたが、玄関で俺は倒れている。言うまでもないが、奏恵は雪を対処していて俺には見向きもしてくれていない。お兄ちゃんとしては少し悲しい限りだ。




