3話 『始まりの学校』
そもそも、だ。どうして今日初めて出会ったはずのこいつが俺の中学の時を知っているのか? 俺の理想の高校生活は終わるのか? いや、こいつを口止めすれば助かるかもしれない。けれど、ちょっとというか、よくよく見れば中二病といえどかなり可愛い女子高生を俺が口止め出来るのだろうか。
そんなことを考えていると、動きの止まった俺に追いついたこいつは俺へとスマホを向けてきた。
「ふはははっ!! 我こそは黒竜を封せしマスター。聖竜を封せし者よ! 我と契約するために、今ここに顕現するがいい!」
「……お兄ちゃん! 中学で卒業したんでしょ! っていうか、夜に叫ばないで!」
―――それは動画だった。それも、つい昨日の夜の動画だ。今はこいつがどうやってこの動画を入手したのかとか、これから先どうしようとか考えている余裕はない
それよりも今はこいつをどうするかが問題だ。
「な、なぁ、それをどうする気だ?」
「我と契約を結ぶ?」
「い、いや、俺はそういうのはちょっと……」
「それじゃ、学校にばら撒く」
こいつが本当に学校にばら撒くかどうかは別として、契約を結ぶのは嫌だ。中二病が再発しそうだし、俺みたいな冴えない男が釣り合っている気がしない。
「待て待て待て、百歩譲って契約を結ぶのは良いとしても、俺が契約者で良いのか?」
「マスターは契約者として完璧。黒竜の使い手は世界に一人しかいない」
「いや、やっぱりお前とは友達にするわ。それでいいよな?」
「まずは友好を深める、か。了解した」
ひとまず友達という立場になれば件の動画も無闇には学校に流さないだろう。というよりも、幾ら中二病といえど、友達が居なかった俺に友達が出来たのは素直に嬉しい。高校生になって初めての友達だ。
「そういえば、お前、名前は?」
「名前……聖竜を宿しもの! ライトニング―――痛いっ!」
「ちゃんと言いなさい」
自分の名前すらしっかり言えないこいつに対し、俺は頭へとチョップした。
「…………立花雪」
「俺は胡桃沢奏斗な。友達としてよろしくな!」
「マスター! そろそろ終刻を告げる鐘が鳴るが大丈夫か?」
終刻を告げる鐘……? 何かを忘れている気がするが、雪の今の言葉で思い出せそうな気もしたが、出てこない。
「あっ! 学校か! やべえ、早く行かないと‼」
「だから言ったではないか。終刻を告げる鐘が鳴り響くと」
「ちゃんと学校の始業の鐘が鳴ると言え!―――っていうか、急ぐぞ‼」
「了解したマスター」
俺は高校初日から脅迫され、初めての可愛い友達を作ることができた。もちろん、友達が出来たのは嬉しいのだが、自分自身の中二病を本当に治すことができるのか、雪を見て少し不安になってしまったのは内緒だ。
なんとか始業の鐘が鳴る前に学校にたどり着き、一緒に来ていた雪と離れようとした。もちろん、高校初日から変な噂を立てられないようにだ。
「よし、ここからは離れて行こう。始業式で変な噂を流されても困るしな」
「えっ⁉ マスターと離れるのか⁉」
雪がどうして驚いているのかすら分からないが、雪の中では契約者と離れるのはあり得ないことなのだろう。
「あ、そういえば、友達として忠告するけど、学校ではあんまり中二病を出さないほうがいいぞ? 下手したら俺以外の友達が出来なくなる可能性があるからな」
中二病を拗らせると、友達が居ないことすらも自分の中で変な風に解釈してしまう。そもそも、孤立してクールぶっていることをカッコよく思えてしまうのだ。
だが、俺の言葉を聞いて雪も中学校時代を思い出したのか、青い顔をしている。こいつもこいつで中二病だったことで苦労したのだろう。まぁ、今の状況でも中二病を治そうとすらしないところを見るに、余程自分の中二病が好きなのだろう。
「……だ、大丈夫。マスターがいるし……」
「いや、俺を頼りにしてくれるのはいいけど、学校ではマスターとは呼ばないでくれよ?」
立ち止まって雪と話しているが、やはり雪は可愛い。華奢な体で目の色も綺麗。正直、女の子とまともに話したことがない俺にとっては、雪がもしも中二病でなければ近寄りがたい存在だろう。
「って、俺は学校始まる前に俺は何を考えているんだっ!」
「急に叫びだすなんて変なマスターだなぁ……どうしたのだ?」
「い、いや、なんでもない。あ、そんなことよりも雪。お前、その眼帯を渡すか外して鞄に入れておけ。もちろん、腕の包帯もな」
包帯は百歩譲ってケガとしてごまかせるとしても、眼帯は100%指摘されるか、変な奴に見られるだけだろう。
「なっ、我のアイデンティティを外せと言うのか!」
「いやだって、中二病ってことがバレるぞ?」
「特に問題はない。もはや凡人どものこと等気にしない。我は中二病であることを誇りに思っている」
こいつの頑なに譲らない精神はむしろ良いと思うが、学校ともなれば話は別だ。イジメの標的になりうる可能性や、クラスでの立場。良くて空気扱いか、本当に運が良くて中二病を気にせずに仲良くなれるかだ。男と女という違いはもちろんあると思うし……って、悪く考えれば幾らでも出てきてしまう。まぁ、雪が学校でどんな風になったとしても見捨てるつもりはない。孤立しているときの寂しさは俺もよく知っているからな。
「ま、そろそろチャイムも鳴るな。俺はもう行くぞ。雪も遅れないようにな」
「了解した。ではマスター、また後程お会いしよう」
敬礼をする雪を見てから俺は自身のクラスへと走りだした。