16話『健の想い』
「……それで、ここまで追いかけてきてどうしたんだ?」
学校から俺たちを探すために全力疾走したのか、健も絵美も汗だくだった。余程急ぎの用事でもあったんだろう。
「あ、あなたたちはまだ部活に入ってないわよね? 出来たらで良いんだけど、私の作った部活に入らないかしら?」
絵美からのお誘いは非常に嬉しいのだが、なにか絵美が企んでいるのではないかと考えてしまう。そもそも、狙って俺たちを誘う理由が分からないし、何よりも絵美の表情が怪しい。目が泳いでいて、必死に何かを隠したいような感じだ。本当に何故だか分からないのだが、こうゆう時の怪しさを見抜くのだけは得意だった。
「絵美。喋り方と、それと目が泳いでるぞ。どうしたんだ?」
「マスター、深読みなどしなくていい。こいつはただマスターに自分の過去を知られたくないだけだから」
「は、はぁ? 何言ってるのかしら? 私は純粋に部活の勧誘に来ただけだけど?」
絵美は喋れば喋るほどにボロを出していくタイプだった。絵美の過去がどんなものかは知らないけれど、この絵美の必死さを見る限りでは余程知られたくないのだろう。だから、部活の勧誘とか言っておいて雪を止めに来たのだ。
「どうしたんだよ。絵美の過去をただ雪が話そうとしただけだろ? そりゃ、人には知られたくねえ過去の一つや二つはある。まぁ、確かに雪の配慮は足りなかったけど、別に俺は言いふらそうなんて思ってないし――」
「――それじゃダメなのよ。完璧に隠さなきゃいけない。私の中学時代はそれ程重いの。みんなに知れ渡れば私はきっと元の私に戻っちゃう……」
「ま、そういうこった。んじゃ、奏斗。ちょこっと、俺と二人でまじめな話しねえか? 絵美も雪さんと二人で話したいみたいだしな」
あぁ、絵美のその顔は知っている。これから先の未来に絶望する顔だ。俺が雪に初めて知られたときに心の中でした顔だ。俺は必死に耐えて表には出さなかったけれど、普段から何かを必死に隠して取り繕ってきた絵美には耐えきれなかったのだろう。
「あ、あぁ。んじゃ行こうぜ。雪、またあとでな」
この場に俺が居ても何もできない。だからこそ、健と共に俺はこの場を離れて、少し先にあったカフェへと入った。そこで、いつもの健には見えない顔つきで健は話し始めた。
「奏斗。あったばっかのお前に相談していいのかわかんねけどよ、まぁ最悪適当に聞き流してくれ」
俺が健の言葉に小さく頷くと、健は小さな声で話し始めた。
「俺さ、絵美とは中学から一緒なんだよ。俺は元々こんな性格だったんだけど、絵美は今と全く違ったんだ。まるで自分を特別だと信じ込んでるような人だったんだ。みんな関わりたくないのか、絵美のことを無視したりしてよ、けど、俺はその時助けれなかったんだ。見て見ぬふりをした。我が身可愛さにな……」
絵美の過去はなんとなく推測出来た、俺と同じだ。少し違う所があるとすれば、俺は空気の扱いだったのに対し、絵美はそう、イジメられていたのだろう。だからこそ、高校では苦しい思いしないように隠し、中学では耐えきれるように特別だと思って、中二病を演じた。
「……皆って、お前の友達も、なのか? ふざけんなよ。まさかお前、自分の立場が悪くなるとかそんなこと考えてお前も無視したのかよ。確かに俺は友達もいないし、ぼっちだったから立場とか分かんねえけど、自分の思いを否定するほど友達って大事なのかよ……」
「わかってたさ。けどどっちを選ぶとか出来なかったんだよ。絵美が俺たちのグループとすれ違う時、少しビクビクしていた時も、な。けど、絵美は廊下で泣いてたんだよ。その時俺は反射的に土下座した。自分の中の罪悪感の拭うためなのかは分からないけど、俺はどうしても謝りたくて土下座したんだ。でもな、その時絵美はなんて言ったと思う? 「新しい罰ゲームですか?」って聞いてきたんだ。俺は本当に心底自分が何をしてきたのかを考えたよ」
「健。確かにお前のしたことは悪いことだと思うけど、そうやって、土下座してまでプライドを捨ててまでも謝ったのはすげえ絵美にとっても嬉しかったと思うぜ。まぁ、もしも俺が絵美の立場だったとしてだけどな」
「あぁ。でも、俺が絵美から許されたいと思ったのにはまだ理由があったんだ。涙を流す絵美を見たとき、俺はその顔に惚れちまった。だけど、許されるまで俺は告白するつもりもないし、自分の好意にも気付かせない。本気で許されるのは何時になるのかは分からないけど、こうして俺は絵美のために友達を切り捨ててここまで来た。死ぬまで想いを伝えれなくても良いとすら思ってる」
こいつのこの考えは違う。自分のためだ。絵美の為といえば確かに聞こえはいいが、こいつは絵美にもっと重荷を背負わせようとしている。もしも、この事実を絵美が知っているのなら、俺は健を許さない。似た境遇ってだけでなんにもわからないけど、一人で必死に生きてきた絵美に対して、健のこの想いは少しだけ重すぎる。
「……絵美には高校に来た理由を話したのか?」
「いや、話してない。俺の問題に巻き込みたくはないからな」
「そうか。なら絶対に話すな。それと、俺から言えるのは一つだ。謝るな。絵美に対してお前たちがしてきたことは許されない。けどお前は違う。やり直せる。だからこそ、絵美には謝るな。絵美の必死に生きてきた思いはお前一人の謝罪で消せるもんじゃない。一人ぼっちってのはお前が思ってるよりも辛いんだよ」
「謝るな……か。確かに今更謝ったっておせえよな。やっぱお前に相談して良かったわ! やっと自分がしたいことが分かったよ。だから、奏斗。俺でよければ友達になってくれねえか?」
俺にとって友達の定義がよく分からない。雪はきっと友達だ。そして、健も今この手を握り返せば友達になれるのだろう。俺は、リア充に憧れているけれど、リア充が嫌いだ。群れないとなにも出来ない、そんなリア充の振りをしたやつがだいっ嫌いだ。無抵抗なぼっちを標的として、自分の価値を吊り上げようとした健を含めた仲間とやらも嫌いだ。けど、こいつは変わろうとした。しかも、俺がぼっちだったという事実を知っても、俺に友達というのを申し込んでくるこいつとは友達が出来る気がする。覚悟を決めた健とならば友達になれるのかもしれない。
「健。いつものお前の調子で頼むぞ。そんな辛気臭い顔してちゃ彼女なんて作れねぞ」
「なんだと! 言ってくれるじゃねえか! まぁでも確かにお前には雪さんという彼女が居るもんなー。良いよなぁ。羨ましいぜ畜生!」
それから、健はさっきまでの表情が嘘かのように明るくなり、ひたすら俺と雪について聞いてきた。