食せ、弁当チート!2
何とか千糸に記憶干渉チートをみんなにかけてもらった後、僕たちは本来の議題へと戻った。
案外ハーゲンダッツで転んでくれて良かったよ。
ハーゲンダッツ一個と僕の人生。
天秤にかけてみればよく分かるだろうけど、その必要はないみたい。だってそのまんまなんだもん。
だけど、初夏の弁当の下段に抹茶アイスをぶちこまれたのは本当に計算違いだった。僕は肉親を侮っていたようだ。
これからは気を付け…………ない。
やっても、僕の母だから何かしてくるだろうし、言っても貴重な体力が減っていく時間を過ごすに違いない。
「で、どうするこれ」
「……出来れば存在しなかった、なんてチートをかけて欲しいかな」
「さっきのホログラムで体力使い果たした」
「あれがなかったら僕は本当に本当に救われてたのかよ!!」
「忘れんなよ、現実はとっても非情だ」
ただ、僕らの目の前にはどろどろに溶けた抹茶アイス。
緑色の、細長い弁当箱 (結構小さめ)に入っていて、何だかやる気を削がれる。
でも、やらねばなるまい。やるしかないのだ。
「千糸…………スプーン」
「あいよ」
わざわざ銀の高級スプーンを出してくれたのは、千糸の同情だろうか。それとも皮肉だろうか。
「うっ…………やっぱり気持ち悪い。普通のアイスにカビが生えたみたいな見た目」
ちょこっとだけそれをすくってみれば、ボタボタ落ちるは落ちる。抹茶色をしたスムージー的なものは僕らに向かって怪しげに微笑む。
え、まって、普通に怖い。下手なホラー映画より怖いよ。
でも、決心はもう決めた。
世界にはご飯を食べることのできない子供たちが沢山いる。
こんなところで、貴重な食料を無駄にしてたまるか。
「よし、じゃあ乗り気チートかけとこっか」
「え?……──」
僕は中学生探偵、神田。
ある日小学生からの幼馴染、季石千糸と学校で弁当を食べていた僕は、怪しげな抹茶アイス(どろどろ)か弁当の下段に入れられているのを目撃した。
溶けているアイスをどう食すか考えるのに夢中になっていた僕は、ようやく決めた決心も虚しく、背後から近づいてくるもう一人の男…………というか、千糸に気づかなかった。
隙を疲れた僕は背後からチョップを入れられ、毒薬──そのアイスを拍子に食べてしまった。
そして目が覚めると──。
「体はそのままだが精神は異常にきたされていたっ!!」
「お疲れ様。でもこれで本当に体力使い果たしたから、多分今日1日はこんな感じかな…………すまん」
「すまん……と。すまん、すまん…………これは!ダイイングメッセージかっ!?」
「ちげーよ!流石に盛りすぎたかなチート!」
「そうだ、フェニックスさんを呼んでくれ」
「何故に」
「解剖したい」
「喋り方も生き方もいつもと違ってなんか新鮮だな」
千糸も何を思ったのか知らないけど、何でかフェニックスさんを呼んでくれた。
ほぼ全ての行動理論が「暇潰し」によって決定される千糸にとっては妥当な判断なのかもしれない。
「神田さん、お久しぶりです。今回は……やけに名探偵ですね」
「だろう?わざわざ衣装も千糸君に用意してもらったのさ」
「全身カーキで探偵棒、虫眼鏡、暗い色の杖。うん、完璧」
僕はいつの間にか名探偵風の衣装に早着替えしていた。
できれば普通にしててほしかったけど、たまには羽目外さないと……このチート生活では生きていけない。
それが最近の僕の行動理論だ。
「私としては、高機能メガネ、赤色の変声機付き蝶ネクタイ、青色の紳士服、ボールが出てくるベルト、脚力が上がるシューズ、そして移動のためのターボ付きスケボーなんて欲しいところではありますがね」
「指示が適切過ぎるな、フェニックス!」
千糸がケラケラ笑いながら、フェニックスさんの肩を叩いた。
肩、とは言っても、やっぱり不死鳥は不死鳥だ。千糸は相変わらずどでかい虹色の羽の部分を叩いたことになる。
それでも、羽からは羽毛一つ舞わず、そのままの綺麗な外観を保っていた。
さす不死。あ、流石不死鳥の略ね。
「名探偵カンダの完成は近いようだな……よし、フェニックスさん、解剖させてくれ」
「人格が変わっても敬称は付ける尊敬っぷりが凄い。でも、フェニックス、それはやばいんじゃねーか?」
「NO problem.」
「なにこいつ自分で創っといて格好いい」
フェニックスさんは僕の方向に向かってきた。
綺麗。そう表すに尽きる。虹色に燃えている羽と、美しいフォルム。そして現れるだけで辺りの空気が浄化され、二酸化炭素の数値が減っていく。酸素が増える。肺が気持ちいい。
やっぱ、不死鳥だ。ほんと凄い。
でも、名探偵カンダはそんな風貌に屈する気配はない。
僕はどこからかメスを取り出し、虫眼鏡とかち合わせた。キンッ、と音が鳴り、独特の緊張感が張り巡らされる。
「さあ、解剖するから膝元へいらっしゃい?フェニックスさん」
「嫌です」
「単刀直入でよろしい」
よろしくはないし、僕の解剖欲も消えない。
ただ、エスカレート。
予測変換でエスカレーターって打ってしまった作者のことなんて、死んでも僕は言えない。作者が言わせてくれない。
「さぁ!いきますよっ!」
「君もメスの餌食さぁ!」
むしろ医者っぽいセリフに自分でも目を回しながら、僕はフェニックスさんに立ち向かう。
勝てる気はしない。けれども。
「勝てる勝てないに関わらず!ここで僕は……あなたに立ち向かわなくちゃいけないんだぁ!ジャスティスアタッーーク!!」
「……ふふ、ここまでのようですね」
「ぐ、あっ!?」
「勝負あり、かな。なかなか面白かった。特に無免カンダーが」
今日はいつも以上にパロネタが多いな。
そんな意識と共に僕の思考は途切れて──。
*******
「おーい、起きろ!禍々しアイス食えるかもって思って催眠チートかけたけど、流石に効きすぎたわ!寝るとは思ってなかった!すまん!」
「……千糸最近ずっと謝ってる気がする」
目の前にあるのは、いつもの教室。
もうすぐお昼休みが終わる時間だった。もう大半のみんなは食べ終わってて、雑談に明け暮れていた。
勿論フェニックスさんもいないし、僕が名探偵カンダをしている訳でもない。
──夢オチ。
こんなこともあるんだな。
あんな鮮明な夢、初めて見た。
どのタイミングかというと、あの時だ。
「よし、じゃあ乗り気チートかけとこっか」のとこが、
「よし、じゃあ催眠チートかけとこっか」だったらしい。
まったく、とんだタイミングで寝てくれたもんだね、僕。
「……で、結局不幸のアイスは?」
「寝ながら食ってたよ。目閉じたままばくばくいってたぞ。気持ち悪かった。まるでモンキーのディーの人みたいだった」
「うるさい!止めてくれ自分でも気持ち悪い!」
もしかして、あのクソアイス食べてたからあんな夢見たのか。
それにしても、酷い夢だったな。
フェニックスさんを汚すな。もう名探偵になりたくはない。千糸も、あそこまで狂ってはない。
「……というか、お母さん一体何者だよ…………」
「まさか俺の同じで、チートが使えたりしてな!」
「どうかなー……千糸が言うならそんな気もするし、そうじゃない気もする…………」