看板娘ほどチートなことはありません
今日は夏休み初日。
蝉はとうに鳴き始め、辺りの木々を丸々占領してるし、どこのどんな家からでも風鈴の澄んだ音色が飛んで来る。
今はただ、それを心から受け止め感じ、このザ・日本の夏を楽しんで━━いる予定だった。
いや、それでも宿題は山積みだったし、とりあえずそれを7月中に終わらせる気力なんてまず湧いてこない。ごめんよ両親。7月はおろか、8月中でも宿題終わるかどうか怪しいよ。
そんな風に芽生えた心の中の邪魔者を片っ端から排除していった結果、僕は千糸と一緒に近所の駄菓子屋に足を運ぶに至っていた。
『集起文具店』━━そう称された、駄菓子屋も兼ねた古い店だ。そのわりには品揃えと広さは無駄に良く、可愛い看板娘もいるという理由で近所中で評判である。
今はそこの、外にあるベンチに腰かけているところだ。
いちいち座布団が敷かれていて、無駄なサービスの良さがひしひしと伝わってくる。
「はぁー……やっぱ夏はアイスに限るな~シャリシャリ」
「シャリシャリシャリ……またハズレ。あぁーもう、何で毎年の初アイスはハズレなんだろ…………次からはめちゃくちゃ引き良い癖に」
「シャリシャリ…………お……ほら。また当たり」
「千糸、お金貸してくれない? もっかいシャリシャリ君買ってくる」
「へいへい……ほい、諭吉やるよ」
「ちゃ、ちゃんと返すからな! 前も諭吉くん借りっぱなしだった時親に見つかって、鬼の形相で睨まれたんだぞ!」
僕は暑さによって消えかけた無意識の内にそれを言って、それを聞いた千糸から一万円札を渡された。
……いやどんだけ買うと思ってんだよ。一個だよ一個。そんなに借り作るつもりないし。食えねぇし。頭キーンてなるし。
僕はどっちかと言うと乱雑目にポケットに諭吉を突っ込むと、古めのマットが敷かれた店の入り口へと向かった。
店に入ると、迷いもせずレジの近くへ。
すぐ側にはアイスケースがどんと置いてあり、それも随分と年期が入っている。もうこの店を国民文化財にしてもいいんじゃないかなーと、最近思い始めたところだ。
「……すみませーん、これ下さい」
「はい、かしこまりました! シャリシャリ君ですね……アタリねらいでしょうか?」
「うん、そうだけど……見たことなかったから知らなかったけど、えっと、看板娘さんって意外と年下だったのな」
「……?」
何だろう、自分が看板娘と自覚していないのだろうか。
不思議そうな表情を浮かべた少女は、まだ小学校低学年……いや、中学年くらいの身長で胸を張っていた。
しかし、看板娘と呼ばれるだけはある。幼いながらも、その愛らしさは相当な物だ。
恋という恋が失恋か諦めで終わっている神田にとっては、こんな顔なら女に生まれ変わってもいいかな、と思う。
「すみません、諭吉さん……いや、一万円しかなくて……」
「いえいえ、おーるおっけーです!」
「…………」
「どうしたんですか? おかおがあかいですよ?」
「全て大丈夫」と言い切った少女は、言いながら上目遣いでピースしながら可愛らしい敬礼をした。
神田は慌てて気を取り直す。
「シャリシャリ君いってん、五百円になりまーす」
「どうもー」
いちいち可愛い仕草に見とれながらそのビニール袋を神田が受け取ろうとした時…………だ。
「━━あ、シャリシャリくんは今なら、十個まとめ買いキャンペーンでお値段が二千円になる……三千円割引サービスがありますけど、どうなさいますか?」
「なん……だと」
神田の抗いが、始まる━━。