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第一章 「善意と欲望」 3-1



 3.



「――なあ、単刀直入に聞くぞ洋介。お前、西園寺さんとすげぇ仲良いみたいだけど、ずいぶん前から知り合いだったりした?」

「……藪から棒になんだよ。急にどうしたんだ?」

 西園寺と出会ってから五日後の土曜。亮太から唐突にそう聞かれてきたのは二限目を終えた休み時間の時のことだ。

 転校してきた初日からと今とで比べると、西園寺に対して向けられていた注目は大分落ち着いたものになっている。もちろん控えめに言っても美人でスタイルも良い彼女であれば注目は集まってしまうものだが、以前までの物珍しさ的な注目がなくなった分、限られた場所と短い時間ではあるものの彼女との会話はしやすくなった。

 俺と西園寺の表立った噂も聞こえておらず、女子同士での話題の槍玉にも今のところ上がっていないと安心していた矢先に亮太が――なぜか少し怯え気味の顔をしていたのが気になりはしたが――彼女との関係について密かに聞いてきた時は、呆れたように受け答えをしつつも内心ではかなりヒヤヒヤしていた。

「別に知り合いだったわけじゃないよ。それに彼女とは仲良いけどすごくってわけじゃないし、彼女が親切で人当たりの良いことはお前も知ってるはずだろ?」

「まあ、それはもちろんなんだけどよ。実際こうしてお前に現在進行形で聞いてる俺でも、結構仲が良いとは思ってもような感じには見えてなかったし」

「言い方がすっげぇ癪に障るけど、まあ今はいいや。だったらどうしてわざわざそんな事聞くんだ?聞いた時もなんか恐る恐るって感じだったけど、……もしかして俺の知らないところで噂になってたりするのか?」

「いや、それは多分大丈夫だろうな。西園寺さんに関するクラスの連中や学年全体の噂とか話題にお前の名前が入ったことは一度も聞いてねぇ。実際登校して出会ったら挨拶したり教室や廊下で軽く立ち話したりするくらいのことだろ?その程度で変な噂が広がるほどこの学園の連中は恋に飢えてはいねぇよ」

「……ちょっと待て。教室や廊下での立ち話の場合はともかく、何で遅刻寸前登校組のお前が朝会った時のやり取りの様子を把握してるんだ」

 俺がそう指摘をすると亮太もその点に気づいたためか「あ!しまった!」と声を上げ、何故か慌てて周囲の確認し始めた。

「お、おい。急にどうした?怯えたみたいに慌てだしてさ」

「そりゃ慌てるに決まってんだろうがよっ。お前に感づかれることのないよう聞き出せ、って頼んできた奴にバレたらどんだけ怒られることになるか……」

「頼んできた?誰だよ、そんなどうでもいい事をお前から俺に聞くように頼んだ奴って」

「え!? いやぁ、まあそれはそのー……」

 俺の質問に初めは濁すようにしてごまかしていた亮太も最終的には諦めたためか、依頼主が周囲にいないかどうか再度確認すると声を潜めて教えてくれた。

「……白藤さんだよ」

「――は?」

「だから、白藤さん。さっきの休み時間に俺からの質問ってことで、お前と西園寺さんがどういう関係なのか聞き出して放課後教えてくれないか、ってさっきの休み時間急に頼まれたんだよ」

「え、いや……わけ分かんねえ。聞いてくる内容も内容だけど、それ以上にどうしてわざわざお前を介して俺に聞いてくるんだ?」

 しかも白藤が。言いたいことがあれば歯に衣着せず相手に直接言い放ってくるであろうあの白藤が。こんな遠回しで手のかかる方法を用いて探ろうとするとは一体どういうことなのか?

 亮太も同じ意見を思ったらしく、実際頼まれた際にはどうして自分を使って聞こうとするのか理由を尋ねたようだが、白藤からの答えは「ちょっと気になることがあってね」の一辺倒で明確な理由は教えてくれなかったらしい。結局、亮太としては理由が分からないことを棚上げにする感じではあったものの、白藤の頼みを断れるような勇気もなかったため引き受けたとのことだった。

「ただまぁ、聞いてきた方法はともかくとして、西園寺さんとお前の関係を聞こうとした白藤さんの理由自体は、俺なんとなく分かるかなぁ」

「え?そうなのか?」

「ああ。だって洋介、お前ここんところ白藤さんから部活の呼び出しを受けてないじゃん」

「……いや、まったくもって意味不明なんですけど。それに呼び出し自体はいつもってわけじゃないし、顔を合わせれば挨拶だってしてるし、普通に会話もしたりしてるし……。――って、あれ?」

 そういえば、ここ最近白藤との接触がなんだか薄いような気がしなくもない。

 今まで毎日でなかったとは言えしょっちゅうだった、剣道部の手伝いや白藤本人との練習相手にこの一週間呼び出された記憶がない。挨拶や会話にしても顔が合えばするが逆に言えばその程度であり、あいつの方から俺に呼び掛けてきてやり取りをすることがなくなったので相対的には頻度が減っている。

「な、分かるだろ?」

「あぁ、そう言われれば。……けどさ、そのことと白藤が俺と西園寺の関係を聞き出してくる理由がどう繋がるわけ?」

 亮太はなんとなく分かると言うが、俺には欠片も理解できないどころか聞き出すこと自体の目的すら推測できない。実際聞き出したところで白藤の得られるメリットがたいしたどころかまったくないであろうのみならず、亮太の失態とは言え聞き出そうとしている本人に自分のことがバレてしまうというデメリット――なのかどうか知らないが――しか得ていないのだ。バレたことを抜きにしても理解に苦しむ行動としか思えない。

 率直な疑問を投げかけたつもりで亮太に尋ねたが、亮太は俺の質問を聞くとやれやれとでも言いたげな表情を作りながら「白藤さんが見ていておもしろくないからに決まってんだろうが」と答えるだけであった。

「いやいや亮太っ。それ答えになってないし、おもしろくないからなんていくら何でも理由として大雑把過ぎるわっ。もっと具体的に教えてくれっ」

「知るかっ! 事実なんだし、そっから先の理由くらいは自分で考えてくれ。何があったかは知らねえけど巻き込まれるのは御免だし、これ以上喋ってると俺が白藤さんのことお前に教えたのがバレちまいそうだから、この話はここまでな!」

 最後の語彙を強く言い放ったところで、ちょうどチャイムが休み時間の終わりを告げたため亮太は自分の席へと戻る。席に戻ったところで白藤が教室へ戻ってきたのを確認すると、亮太は安心したようにほっと胸を撫で下ろしている。

 一方の俺は亮太が一体何を言いたかったのか分からなくてモヤモヤとした何かが残って落ち着かなく、いつもなら五分前着席を厳守している白藤が時間ギリギリに戻ってきたことまで気にしてしまうなどお世辞にも晴れやかとは言えない心境だった。



        *                      *        



 しかし人間というのはどれほど気にかかることがあっても、それが自分の責任で起こったことで限り時間が経てば忘れてしまうものである。

 亮太に事情を聞いた直後は引っかかっていた白藤のことも、放課後を迎え自宅に帰った頃には既に関心は薄れ、今晩足取りを調べることになっている侵入者の捜索へと関心は移っていた。

 西園寺とは数日前にアドレスを交換したメールで連絡を取り、今晩の待ち合わせ場所と捜索する地域範囲の割り当てを決めた。直接話して決めても良かったのだろうが、話す内容が内容な上に白藤の件がまだ気になっていた時でもあったので、万が一を考えてメールでのやり取りにしたのだ。

 西園寺とアドレスを交換できた時は本当に安心した。

 魔術に頼り切って連絡手段の数が限られていたり、桂子さんのように機械がとことん苦手だったりで携帯電話を使いたくても使えない種類の魔術師ではなく、彼女は文明の利器を普通に使いこなすことのできるマルチな種類に属する魔術師と知った時には、まだ彼女の実力を直に見たこともないのに非常に頼もしく感じてしまった。

「――ふーん。それはまた素晴らしいことで」

 帰ってから桂子さんとの会話の流れでこの事を伝えるが、寝起き直後なこともあってか無関心な反応を示すだけだった。

「いや、他人事のように言ってないで、桂子さんもこれを機に携帯使えるようにしてくださいよ。スマホが無理なら電話とかメール専用のガラケーでもいいから」

「手続き、金、設定だか何やら。連絡手段なんて他にいくらでもあるのにわざわざ苦労するやり方に手をつける必要なんてないだろ。それにめんどい」

「言い訳とか抜きにしてただめんどくさいだけですよねっ、それ!使える手段なら何であろうと使えるように心がけろ、って俺に教えたのは一体どこの誰でしたっけっ?」

「ケースバイケースだっ、んなもん!前にも言ったが機械系はホントに無理なんだよ。随分昔、ポケベルとか言って流行っていたもんがあったが、それすら何が何やら分からないって感じで諦めたぐらいなんだ。機械は体質的に合わないっ。ああ、これ確定」

「体質って……。意味不明な言い訳しないでくれます?」

 それに機械が苦手というなら仕事で使うことの多いレジやコーヒーメーカーの場合はどうなのか、と聞くと、あいつらは仕組みが単純だからまだ扱えるだけだ、という返事がくるだけ。……単に桂子さんの好き嫌いで区分してるだけだと思うが、それは言わないでおこう。

「それよりも洋介。今晩の捜索のことだが、うちが担当する地域はあたし一人だけでいいから、お前は西園寺と一緒に彼女の廻る地域の捜索を手伝ってやれ」

「え? それはいいですけど、急にどうしてですか?」

「巡回のサポート。見回りについては彼女とこの間会った時にざっくりと話はしたが、街中の地形についての詳しい説明ができたわけじゃない。裏通りを含めた巡回ルートの説明を兼ねて、割り当てられた地域を二人で捜索してくれ。彼女の実力を信じてないわけじゃないけど、こっちで廻る分はあたし一人で充分だし、念のため一応な」

「さり気なく自慢ですか……。まあ、分かりました。それじゃあ見回りを終えた後の集合場所と何かあった際の連絡手段についてですが――」

 その後も桂子さんと今夜出かけるにあたっての確認を全て済ませ、予定が一部変更した内容のメールを西園寺に送ると、帰宅してから大分時間も過ぎていたためすぐ昼食の準備に取り掛かった。

「あれ? これ違う。――って、しまった。ハヤシライスの素、もう切らしてたのか。あぁくそっ、参ったな……」

 必要な具材を冷蔵庫から取り出し、キッチンの棚からルーの素を出そうとしたところでハヤシライスの方がもう残っていないことに気づいた。この間買い物をした際に棚の在庫確認もしていたので、てっきりまだ残っているものと思っていたのだが、どうやらカレーの方のパッケージと見間違えてしまったらしい。

 まあこちらとしては今晩の夕食とも兼業することのできるメニューならば何でも良かったので、在庫が切れてるハヤシライスから余っているカレーへと予定を変更すればいい。それに今から全く別のメニューを考えるよりも、使う食材がさして変わりない両者どちらかで選んだ方が手早く取りかかれて楽であることも理由として大きかった。

 そういうわけで急遽メニューを変更し、子供から大人まで多くの人に愛される日本の国民食、カレーライスを作ろうと決めたのだが、ルーを取り出したところで準備の様子を見ていた(のだろう)からカレーは食いたくない、という何とも都合の悪い通達を受けてしまった。

「食いたくないって、桂子さん……」

「あのな、ライス系の飯って一度作ると大抵四、五日くらいは朝昼晩のどれかに一回は出続けるだろ?別にそれ自体はいいんだが、ついこの間もカレー食ったのに今度もまたカレーなんて、いくらあたしでも胃もたれ起こすわ。それならまだ気分的にさっぱりしてそうなハヤシライスの方がいい。

 というかしろ。ルーの素が無いなら無いで、とっととスーパーへ買いに行け。これ命

「…………」

 うん、なんだろう。……まあ、何というか。今晩侵入者の捜索に向かうというのに、緊張の欠片もなくいつもと変わらない会話を交わしている今の状況に、逆に安心してしまう。

 今晩遭遇するかもしれない不法侵入を犯した魔術師よりも桂子さんの機嫌を損ねたままの方が色々と危ないと思えたり、下手をすれば今晩命を落とすかもしれないという不安よりも今からスーパーへ行くとして昼のバーゲンセールに間に合うかどうかの方が不安に思えたり、など。俺もすっかりこの手の仕事に慣れてしまったらしい。……いや、ただ単に感覚が麻痺してしまっただけなのかもしれないが。

 とりあえず。このままメニューを強行決定するのは得策でないのは明らかなので、この間の買い物の補完を兼ねて今からスーパーへ向かうとしよう。




 スーパーへ出かけて必要なものをすべて買い終えると、時刻が一時半を既に回ろうとしてたので急いで家へと帰る。その途中、俺は偶然下校中の白藤と道端で出くわした。

「あれ? よお、白藤。今、部活帰りか?」

「……。……ええ、そうよ」

 いたって自然に話しかけたはずなのだが、俺の顔を見るなり急に機嫌を損ねたように顔をしかめて返事をしてきた。

 ……やっぱり亮太の言う通り、白藤の俺に対する態度がどこかおかしくなっている。

 顔を合わせて早々に不機嫌な表情を見せたり、話していても興味の無い話題であればそっけなく返事をしたりすることは今までにも少なからずあったが、あくまでもそれは親しい間柄である同士だからこそ出せる態度と言えるものだった。しかし、今の白藤から感じ取れるのは心を許せる友人に対しての親しみではなく、他人への思いやりなどがこもった遠慮でもない。

 ――拒絶だ。どんな角度からやり取りを交わそうとしても、向こうが一切受け付けてくれない。自分の責任で相手がそうした態度をとってしまっているというなら、甘んじて受け止めて謝罪をすれば解決することはできるだろう。だが、つい先日くらいまで友人として普通に接せられていた相手から何の前触れもなく拒絶されては、こちらも戸惑いを隠せない。

「…………」

「…………」

「……なあ、白藤。少し聞いても――」

「悪いけど。急いでるから、もう行ってもいい?今日、お姉ちゃんとしておかなくちゃいけない大事なことがあるのよ」

「――えっ? あぁそうか……分かった。じゃあ、また月曜にな」

「……ええ、さよなら」

 思い切って事情を聞こうとしたが白藤に遮られるように会話を切り上げられたため、そのまま流されるように別れて結局聞けずじまいに終わってしまった。

”やっぱり、さすがに面と向かって拒絶の意思を突きつけられるのは堪えるな。……まあ、いちいち仮面を作って当たり障りなく接してこない辺りは白藤らしいと言えばらしいけどさ“

 なんというか、嫌われた――のかどうかは分からないが、理由も不明な以上そう受け止めるしかないだろう――事実を身をもって知ったのは少し傷ついたが、同時になんとか関係を修復できるだろうという楽観的だが希望が持てるような気もした。……まあ本人から理由を聞かないことには何も始まらないのだが。

「って、メール?」

 白藤の姿が見えなくなるのを見送り、俺も帰りを急ごうと再び歩き始めた矢先に、今度は突如震え始めたスマホの着信に足止めを食らってしまう。ポケットから取り出して送られたメールの中身を確認すると、開いた画面には先ほど出かける前にメールを送った西園寺から今夜の予定変更について了承の内容が綴られた返信が届いていた。

「よし、これで大丈夫だな。まあ形式的な文面での返事であることはたしかだけど、相手の意思を確認できるだけでも、やっぱ安心感は違ってくるし」

 確認を済ませてスマホをしまうと今度こそ歩き始めて家へと戻り、首を長くして帰りを待っていた桂子さんを餌付けして無事に機嫌を直して、その後は夜までに終わらせておく作業や準備を整えながら時間が来るのを待った。

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