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第一章 「善意と欲望」 2-4



        *                      *        



「すみません、少し帰るの遅くなりました」

「能書きはいいからとっとと飯作れ。あとついでに西園寺と会って話せたかどうか報告。早くっ!」

「……はいはい。分かりましたよ」

 相変わらずのわがままと優先順位の間違いに、俺はもう力なく返事をするしかなかった。

 西園寺と別れてからは買い足さなければならない物も特になかったので家には寄り道せずに真っ直ぐ帰れたのだが、学校を出る際に教師に見つからないようにだったり、学園の生徒に偶然見かけられたりするのを避けるためだったりで、西園寺と互い違いに下校するなど色々と面倒な手間をかけることになってしまった。

 彼女からはどうしてわざわざこんな面倒なことするのか、と提案早々に疑問を問われた。……自覚があるのかどうかは本人のみぞ知るであるが、転校初日のあの注目度を見た直後に放課後の人気の少ない時間帯とは言え、彼女と並んで下校なんぞずれば、うっかり同学年の誰かに見られて更なる噂の種火を撒くのみでなく、俺までその渦中に巻き込まれてこれまでの静かで穏やかな学園生活までもが消え失せてしまう。それだけは勘弁願いたい。

「時間もないので今日は焼きうどんにしますけど、文句はありませんよね?」

「なるべく濃い目の味付けで、野菜少なめ麵多めの盛り付けにするなら、むしろ歓迎するぞ」

「……麺の在庫が少ないので足りない分は炊飯器に保温してる朝の残りのご飯で補ってもらえれば助かります」

 俺が一部リクエストに答えられない冷蔵庫の在庫事情を伝えると桂子さんは若干不満そうに小さく舌打ちしたが、先日買った辛子明太子の封を切ることを条件に今日は妥協してくれた。

 その後、三十分ほどの時間をかけて焼きうどんを作り上げ、明太子の封を切って一食分の量を取り出すと、夕食がてら俺は桂子さんに今日の進捗報告を行った。

「……なるほどな。初対面でしくじった部分もあったが、とりあえず西園寺と仲良くなることには上手くいったってところか」

「仲良く、かどうかは分かりませんけど、ひとまず普通に話し合える分には問題ない感じにはいけましたね。あと、侵入者についての対策でまた今度直に会って話したいと言ってました」

「そうか。まあ、それについてはまたどこかで機会を設けることにしよう。ともかく学校での彼女とのやり取りについてはお前に任せるよ。あたしは彼女と険悪な関係にならなければ何の不都合もしないから、情報交換と連絡を密にすることだけ注意しとけ」

 桂子さんは俺にそう告げると既に食べ終わった焼きうどんの皿を脇に置き、茶碗にご飯をついで取り皿に乗せている明太子と一緒に食べ始めた。初めてする種類の役目ではあったが、ひとまず出だしは上手く行ったと見てくれたようで俺も一安心である。

「ところで洋介。お前、天候初日で注目を浴びてたっていう西園寺とどうやって人目に付かずに呼びかけて話し合えたって言うんだ?彼女にはお前の人となりについては教えておいたが、顔とかの特徴は何も話してなかったからな」

 まさか目配せで意思疎通できるほどお前は器用な人間じゃないし、と一言余計な推察を付け加えて俺に質問してきた。

「どうやってって言われても……、……さっき説明したじゃないですか。手紙を回してそれでなんとかできたって」

「それは事情の説明でのことだろ?その方法でやり取りを行うことになったきっかけをどうやって作ったか。――あたしが聞きたいのはそっちの方だよ」

「…………」

 ……こちらとしては聞かれないで欲しい事を、この人はどうしてこうも毎度ダイレクトに聞き当てて来るのだろうか。自覚しているからこそ聞かれるのは嫌だったし、言い訳をするのに尚更気持ちが重くなってしまう。

「……。……まあ、その。かなり強引ではあったんですけど、可能な限り出力を限界まで絞った上で拡散型で魔力を放出して、彼女の方からこちらに気づいてもらいました」

 言い訳をできる材料も持ち合わせてない上にする状況でもなかったため、俺が素直にそう白状するとこちらの予想した通り、桂子さんは怒鳴りもせず愚痴を吐くこともなく冷ややかな目線で静かに非難してくるだけだった。夕食時に流れる重苦しい静寂というのはやはり何度感じても心苦しい。

「……。……周囲の確認はしっかり行ったんだろうな?」

 しばらく考え込むように沈黙した後、桂子さんは説教をするよりも先に事実確認の報告をするよう言ってきた。

「ああ、はい。それはもちろん。二年間あの学園にいて常々調べも怠ってませんけど、俺の他に魔術師らしき人間の気配や霊感が強い人間の存在もありません。放った魔力の量も威力も一割に満たないくらいにしてましたから、まず問題はないはずです」

「――西園寺には問題なかったか?」

「はい、そっちも大丈夫です。話し合った時にそのことで少し話題に上がりましたが、少しびっくりしただけみたいで特に気にしてはなかったようです。理由についても聞かれましたが、状況の説明や適当に事情を上手く話して納得してもらいました」

「――そうか、ならいい。お前がそうした下策に頼るしかなかったのは、あたしがお前に魔術を充分に教えてあげられていない師としての責任でもあるからな。お前にばかり落ち度があるってわけじゃない。……せめて使い魔を使役させる訓練くらいはもう少し機会を設けてやるべきだったよ」

 報告を聞き終えた桂子さんは珍しく自分にも落ち度があると言い、自戒するようにぶつぶつと独り言を口にし始める。さすがにこれには俺も驚きを隠せなかった。

「だがな、お前も猛省しろよ。使える武器が少ないとこうした危険を必然的に招くことになる。今回はそれを肌で感じ取れたってことで手打ちにしてやるが、今後はいつもの鍛練以外にも何でもいいから何か手っ取り早く覚えられて使えそうな魔術の習得にも力を入れてけ」

「はい、分かりました。今後は努力していきます」

「……はあ。あたしらにも超能力者みたいにテレパシーでも使える術があるといいのにな。こんなあっても、敵の足取りを追う時か戦闘時の補助くらいにしか使えねえし、協会の奴らにも変な興味を抱かれて危険が増すだけ。一利も無いとは言わないが、百害招いちまうんならこんな能力欲しくなかったよ」

「……あの、使える武器が多いに越したことはないと教えてくれたのは、どこの誰でしたっけ?」

 急に愚痴り始めた桂子さんにそう指摘すると、若干痛いところを突かれたためか、機嫌を損ねたように「黙ってろ」と口にする。そして残っていたご飯をすぐに食べ終え茶碗をカウンターの台所に片付けるとそのまま換気扇を作動させ、ポケットから取り出した煙草に火をつけて吸い始めた。

 まあ、とにかく。今回は落ち度こそあったが、西園寺を含めた今後の自分たちの安全を脅かすような問題を残してはいない、という俺の報告を信じて桂子さんは納得したようだ。

 もちろん俺を信頼しているためでもあるのだろうが、瀬戸口に侵入してきてる魔術師への対策を考えなければならない時に、現状で優先度が低いことを必要以上に咎め立てしている場合ではないからだろう。

”ま、実際不安に思うことや危険そうな気配も特になさそうだから、まず大丈夫だろ“

 西園寺に対して少し失礼ではあっただろうが、本人は気にしてないと笑いながら言ってくれたので安心できる。

 その後は、相変わらず機嫌を損ねたままの桂子さんと世間話をしつつ、食器を洗ってリビングの掃除を軽く済ませ、寝る前の鍛練を終えると部屋でゆっくり休んだ。


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