第一章 「善意と欲望」 エピローグ
EPILOGUE.
見かけたのは偶然。姉と打ち合わせした集合場所に向かう途中、深夜なのに騒音をまき散らして猛スピードで走るバイクだった。
最初は迷惑運転を行うくだらないものが視界に入っただけと思ったが、実際に乗っていた人間が身なりの良いコートを羽織った比較的若い長髪の女性という、自分のイメージしていたバイクの搭乗者とかけ離れたものであったことに強く目を引かれた。おまけにいくら深夜で交通量も少ないだろうとは言え、赤信号を伝えている交差点を減速抜きで迷いなく駆け抜けるなんていくら何でも異常過ぎる。
……もしかしたら、魔術協会に追われて逃亡を図る今回の事件の犯人か、もしくは協会から派遣された執行魔術師かもしれない。
そう思い始めた私は居ても立っても居られなくなり、姉さんへの連絡も後回しにして、その怪しげなバイクの追跡を開始したのだ。無論、追跡と並行して連絡を取って報告すること自体は出来る。だが今姉さんに報告すれば「痕跡さえ拾えれば問題ないから、自分が来るまで勝手に追うのはやめなさい」と言われてしまうだけで、それだと逃亡中(と仮定した場合)の敵をみすみす逃してしまうかもしれない。
姉さんに対する後ろめたさは残ったものの結果として追跡は功を奏し、長髪の女性が乗りこなしていたバイクはこの都市の南西部にあたる地域の、廃棄された大型倉庫の前で止まった。
感覚を研ぎ澄ませると倉庫の周りには既に結界が張られており、建物の中は戦いの最中なのか攻撃の余波による衝撃が地面を通じて不規則に伝わる。どうやら長髪の女性は中で戦っている魔術師の応援として駆けつけた者らしい。
指示を待ってなのか、それとも他に何か理由があってなのかは分からなかったが、到着してから女性は倉庫に突入せず、中で行われていた戦いが終わるまで外で静観している。
そして屋内での戦闘が終わったことを確かめると、女性はようやく倉庫の中へと入る。それを見て最初、敵との戦いで手傷を負ってる別の魔術師の手柄を横取りしようとしていたのかと推測するが、それ以降戦闘行為としき動きを感じることはなかったため、彼らは互いに味方なのだろうと認識を改めた。
……それからどのくらいの時間が経ったのだろう?
現場の交差点を挟んだ向かいにある建物の影から息を潜めて観察を続けていると、現場の倉庫から人影が二つ外へ出てくる。出てきた直後は詳細を把握できなかったたが、彼らが倉庫の敷地から歩道へと入ってこちらへ近づくにつれ両者の姿が次第に分かってきた。……分かってしまったのだ。
「――ねぇ、お願い。やめてよ……」
嘘であって欲しかった。
深夜の街中を照らす電柱の街灯。それにより露わになった二つの男女の人影は、いずれも――特に男性の方に関しては自分にとって非常に見知った人物だった。
「なんで……、……なんであなたなのよ」
視界が滲んで歪み、呼吸も苦しくなったかと思えば吐き気を催し、動悸は激しくな
ってきて膝をついてしまう。心の中で占めていた大切な何かが、ごっそりと削げ落ちてしまったような苦しさだった。
分かってはいた。あの日教室で、本当に僅かだったけど意図して放たれた魔力の波
動を彼から感じ取った時点で、自分にとって最悪の結論を知ってしまったのだと。しかし、それでも信じたかった。分かっていることでも分からないことにして、力のない言い訳を盾にしてでもありもしない都合のいい幻想を。
……だが、結局神様は最後の最後に意地悪だった。
心から信じていたのに、その信じていたはずのものに目の前で裏切られてしまうという、望んだはずもないプレゼントを、……よりにもよってこのタイミングで投げ渡してきた。
『――許せない。許せない、許せないっ、許せないッ、許せないッ!』
見たくもないものを見せつけ、今までずっと自分をだましてきた報いを受けさせないわけには絶対にいかない、と心の内で強く決めた。
『姉さんには絶対言わない方がいいわね。言ったとしても様子を見なさいって諭されて止められるに決まってる――いえ、そもそも気づいてながら必要ないって判断して放置してる可能性もあるわ』
冗談じゃなかった。あの二人――相原君と西園寺結美が共に魔術師であるということならば、たとえ向こうにその気が無くても放置しておくことなどできない。
そうして私は二人の姿が見えなくなるまで離れるのを見届けてからすぐにその場を離れ、遅れてしまったことへの言い訳と今後の行動指針についてそうすべきかを考えながら、姉さんと打ち合わせた集合場所へ向かった。