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第一章 「善意と欲望」 4-2



        *                      *        



 魔力の波動を感じた方角と、その波長に一致する魔力残滓を手掛かりとして敵の潜伏場所の詳細な特定を始めて二〇分が経過したところで、俺たちはようやく条件に該当するそれらしき場所を洗い出した。

「……あそこだな」

「ええ。建物の周辺に結界は張られていないし、罠を敷設したように思える魔力の反応も感じられないけど、付近一帯に漂うマナの質には明らかな変化がある。……うちの土地から湧き出る魔力は、こんな重苦しい陰湿なものじゃないわ」

 感知魔術による分析を行いながら返事をする西園寺の口調には、不法侵入を犯した敵に対する嫌悪と怒りが隠し切れず滲み出ている。

 離れた場所で暮らしていた期間が一時あるとは言え、先祖代々受け継いできた一族の土地をどこぞの馬の骨とも知れぬ輩に騒ぎを多数引き起こされ、勝手に弄りまわされた挙句好き勝手に利用されているのだ。彼女にとっては許し難い侮辱に違いない。

 俺たちが見つけた場所は南西地域の住宅街から南へ進み、湾岸線を挟んだ先の海沿いにある古い大型倉庫だった。

 この建物も地域一帯が昔工業団地であった頃の名残で、団地内の町工場たちの注文した資材やそれらを加工して作り上げた製品を管理する”資材集積置場“としての役割を担っていたらしい。最盛期にはそれこそ山のような資材と製品がこの倉庫で保管され、それらを運ぶ仕事を請け負った多数のトラックが、大小を問わずここを出入りしたそうだ。

 しかし、不況によって団地内の町工場が次々と倒産や閉鎖に追い込まれ消えていく中、組合としての所有物であったこの倉庫だけは、保管されていた資材や製品の回収はされても、建物自体の売却や解体といった処分が下されぬまま放棄されてしまったのである。

 かつて地域の経済を影から支え、工業団地繁盛の象徴と言えた大型倉庫も今となってはその面影と共に朽ち果てていく廃墟に過ぎなかった。

「欧州支部の元エリートだったと聞いてはいたけど、潜伏先として選ぶ場所も悪くないしやり方も隠密を徹底させていて抜け目がないな。協会を離れてから伊達に長く逃亡生活を送ってきたわけじゃないってところか」

「……本当に無防備と言っても過言じゃないくらいに手薄な拠点ね。親戚の叔父さんから一応話を聞いてはいたけど、こうして実際に見るまではちょっと信じられなかったわ」

「まあ、仕方のないことだとは思うよ。実戦の経験が無かったり、自分の一族が受け継いできた土地や財産の保全を第一に考える魔術師からすれば、防御を無視して隠密に徹する戦略なんてあまり考えの及ばない発想だろうからさ。……常識的に考えれば、追われる側の立場に置かれた状況で拠点の防御を固めるように心がけても、身を守るどころか危険を招くだけって普通分かるはずなんだけどな」

 内心の呆れと疑問を最後に呟きながら、俺は桂子さんから戒めとして昔聞かされた話を思い出していた。

 およそ魔術師という生き物は、自らが人智の及ばない条理の外側で生きる存在であると信じて疑わない。

 この世に秘められた神秘を探究し、物理法則とは明らかに異なる別次元の観点から世界の真理を解明する自分たちにとって脅威を及ぼすような存在があるとすれば、それは同じく神秘を生業とする存在以外にあり得ないと、本気でそう思い込んでいる。

 よって彼らは、いざ戦闘になれば魔術的思考に基づいた戦略や戦術を用いて敵の弄する策や攻撃に対処し、自身の持てる秘術の限りを尽くして相手を上回ることこそが勝利に繋がる唯一の手段と考えている。

 そのため、彼らは科学などの魔術に拠らない攻撃や防御に対しての備えを疎かにしてしまい、また魔術の世界で常識と定められている判断基準に囚われて臨機応変に対応できない場合が非常に多い。実際、常識的な理解を持ち合わせていれば、もっと長生きできていたかもしれない魔術師は多いと桂子さんはしみじみ話していた。

 ……人智の及ばない神秘を探究し真理の解明を目指す魔術師も、人間という一個の生命として世界の理に縛られる現実は変わらないというから、何とも皮肉な話である。

「――――。……ねえ、相原君? それはつまり、私が自己中心的にしか物事を考えない、非常識な人間だっていうことを陰ながらにも伝えてくれているのかしら?」

「はい? ――って、いやいやいやッ! 別にそんなつもりで言ったわけじゃなくてっ! ただ、今まで魔術の常識の中でしか生きてこなかった人間から見れば普通の世界で常識と認識されることも発想として思い浮かばないんだろうなってことを言いたかっただけで……、その……」

 含みを持った笑顔で急にそんなことを尋ねてきた西園寺に、俺は一瞬彼女が何を聞きたいのか理解が及ばずに間抜けな返事で呆けてしまう。が、すぐに自分の口にした失言とも捉えられる発言に思い至り、慌てて誤解であることを説明した。……正直、更に失言を重ねてしまっただけであるような気がするのは、俺の杞憂だと信じたい。

「…………ふふ。やっぱり、相原君って面白いわね。ほんの些細なことでも律儀に返事をしてくれるから」

「え? いや、その、西園寺? それってどういう……」

「さっきのは冗談で言っただけだから別に気にしなくてもいいよ、ってこと。言ってることは何も間違ってないし、むしろ私が魔術師としてまだまだ未熟であることを気づかせてくれたことに感謝したいくらいだから」

「はぁ……そう、なんだ。……まあ、そういうことなら何よりだよ。ありがとう」

 初対面で話した時のように微笑んでいる西園寺の様子を見て、相変わらずその意味を掴めないままではあったものの、彼女が怒っていないと確認できたのでひとまず安心した。

「――って、いつまでも悠長に構えてはいられないな。物理的な罠や他に不審に思える魔術の痕跡があるかどうかは一応確認したけど、捕縛用の結界を張るのに適したポイントはもう見つけたの?」

「ちょうど今あの子が、下見を兼ねて準備しているところよ。魔石を敷設する面積が大きい分ちょっと苦労してるみたいだけどね」

「敵に感づかれるよりは大分マシだよ。俺たちが気づけなかっただけで、警報装置の類のような細工が施されているかもしれないんだ。微弱でも魔石から発せられる魔力を感知されてしまう可能性がある以上、油断はできないから」

 そう言って俺は、最終確認のために感知魔術を最大限の範囲で行使し、他に脅威として及ぼし得る痕跡の見落としがないか調べる。……その結果、俺たちが決行しようとしていた作戦を変更しなければいけない事実に気づいてしまった。

「――――西園寺、いきなりで悪いけど作戦を少し変えるよ。相棒にはこのまま結界敷設のポイントに魔石を置かせるように指示しておいて、俺たちはこのまま二人で正面から敵陣に突っ込む。結界の展開と最後の仕上げは桂子さんに全部任せるから、俺たちはそれまで時間を稼ぐことに専念するよ」

 さすがにこの変更には西園寺も驚きを禁じ得なかったのか、今度は彼女が一瞬呆けたように黙り込んでしまう。そこから気を取り直した後も、かなり慌てた様子で賛同できない旨や疑問を問いかけてきたので、まさかここまで動揺を示すとは思ってもみなかった。

「ちょ、ちょっと待ってっ、相原君。せっかくここまで段取りを立てて、それぞれが果たす役割のシミュレーションもきっちりできていたのよ。なのに直前になってそれを変えて、しかも正面から突っ込むだなんていくら何でも無謀過ぎるわ」

「それは分かってるよ。けど、このまま段取り通りの作戦で仕掛ければ、間違いなく返り討ちに遭ってやられるのが目に見えてるんだ。納得はできないだろうけど、悠長に理由を説明してる暇もないから今は俺を信じて言われた通りのことをしてくれない?」

「だ、だけど――って、ちょっと!?」

 言うが早いか、俺は彼女の返事を聞き終える前に、錬成した魔力で作った即製の信号弾を上空に向けて数発打ち上げた。

 これは、桂子さんに俺たちの居場所を伝える目的以外にも魔術師同士が相手に対して宣戦を布告するため、という元々の意味合いがあり、打ち上げた信号弾に仕込んだ特定の波長を発信することで相手に知らせる理屈である。

 当然こちらの存在を敵に向けて晒す形になるため、先ほどまでの奇襲を前提に組み立てた作戦はもう使えず、正面からやり合う以外に選択肢はなくなってしまった。

 一連の流れを目の前で目にした西園寺は完全に意表を突かれたようで、唖然とした表情を作って絶句している。彼女からしてみれば、自分が知らない勝手な理由で強引に作戦を変更――彼女の認識で言うなら、台無しと評する方が正しいかもしれない――されてしまったのだから無理もない。それについては本当に申し訳ないが、疑問の答えは直接見て納得してもらうしかなかった。

「――。――はぁ……もう覚悟を決めるしかないみたいね。

 それで相原君? どのくらい時間を稼げれば、私たちは無事に生きて帰ることができるのかしら。必要ならあの子にも結界の準備が出来次第、途中参加させるように言っておけるけど」

「……ありがとう、西園寺。でも大丈夫。数は俺たちだけで充分足りると思うから、代わりに結界の敷設をしっかりと怠らないようにって、改めて言い含めてくれれば助かる」

「分かった、抜かりなくやらせておくわ。……だから相原君も、こういう状況に持ち込んだんだから責任を持って最後までやり遂げてよね?」

 先ほどの笑顔に今度はいたずらっぽい雰囲気を若干混ぜながら言い寄ってくる彼女に対し、俺は「……あぁ、了解」と返事をする。

 西園寺に対して貸しを一つ作ることにはなってしまったが、不信感を抱かれて今後の関係に支障をきたしてしまうことはどうにか避けられたようなので一安心である。あとは桂子さんへ大方の事情とこれからして欲しいことの説明をを伝えなければならないのだが、こっちは簡易版とは言え手持ち連絡手段が用意されてる分、詳細な情報は現地に着いてから本人の目で直接把握して貰うことで片付けていいだろう。兎にも角にも今は時間が命である。

 そうすると俺はポケットからメモ用紙程度の大きさのある厚紙取り出し、つまんだ方の手へ僅かに魔力を送る。すると一瞬だけ文字が浮かび上がったかと思えば、火が灯ってもいないのに炭化して黒ずみ、紙は最後に塵となって崩れ去ってしまった。

 それを見届けると俺たちはいよいよ腹を括り、既に待ち構えているであろう敵の魔術師が潜む倉庫へと足を踏み入れた。

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