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六話「決意の日」

「ついに来たにゃ……」

「ようやく、か……」

「こ、今度こそは通過するのですわ」

「準備はいいね?」


 全員が頷いた。


「ちゃんと、合格祈願の五角鉛筆も持って来たにゃ」

「神社に行って、お祈りもしましたわ」

「……お坊さんのお祓いも、ちゃんと受けた」

「僕は鉢巻をつけてきた」


 現代服に身を包んだ彼等は、決意を決めて一歩を踏み出した。


「368番、369番、372番……」


 フォールは鉢巻の端を握りしめる。


「374番、375番、376番……」


 アレクは手の平と平をくっつける。


「379番、385番、386番……」

 

 レインは数珠じゅずをすり合わせる。


「390番、391番、396番…………」


 エニフィはぎゅっと目を瞑る。


『397番、398番、402番……』


 全員で、祈るように呟いた。


『423番、424番…………、

 426番』


 425番は、見つからなかった。


 ◆


「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……」


 動悸。激しい焦燥とともに、俺は飛び起きた。

 な、なんて夢だ。これが現実になったら、とんでもない。……現時点では、十分にありえる可能性だけど。

 ていうか、時代が現代って、どうなのよ。ここ、どう見てもファンタジーですし、異世界ですし……。


「アレク、大丈夫かい? 大分うなされていたみたいだけど」

「あ、フォール。おはようにゃ。

 まあ、ちょっと胸糞悪い夢ならみたにゃ……」


 勇者試験を受けるのは、今日である。

 経験者であるエニフィは、そんなに覚悟してするようなものじゃない、とか言っているが、ちっとも信用ならない。


「今、みんな準備をしているところだ。

 出発するのは昼からだから、ゆっくり身体を休ませておいてね」

「……分かったにゃ」


 ちょっとだけ、心臓がうるさい。

 きっと、試験という、大きな節目を迎えるからだろう。

 寝起きの俺は、顔を洗って、朝の街へとかけ出した。


「ふわぁ……」


 ぽかぽかの陽気。これぞ、昼寝日和。

 獣人族は、元となった動物から派生した種族である。なので、元々の動物の特性を併せ持っているという訳だ。


「やっぱり、この試験を失敗したら、あちし達のパーティは、解散してしまうのかにゃ……?」


 試験を、諦めて。

 レインさんは、元通りの冒険者に戻って。

 エニフィは、騎士団の一団員として。

 フォールは、…………どうなんだろう。


「なんだかとっても、嫌だなぁ」


 そんな言葉が出てくるぐらいには、彼等のことが好きになっていた。


「……ううん、違うにゃ。

 きっとアイツは、フォールは、勝手にあちし達を籠城してくるに違いないにゃ。

 絶対、そうだにゃ」


 だから、みんなが離ればなれになるだなんて、きっとない。

 先の事は、考えたら後がない。

 終わってからだ。今は今を生きる。それが生きし者の常だ。


 ◆


「ついに来たにゃ」

「ようやく、か……」

「こ、今度こそは通過するのですわ」

「準備はいいね?」


 全員が頷く……かのように思えたが、俺だけは頷かなかった。


「どうしたの? 何か忘れものでもありましたか?」

「エニフィ……、違うにゃ。

 この試験が終わったら、どうなるの……?」

「どうなるって、合格して、魔王を倒しに行くんだろう?」


 フォールは、自信満々に言う。

 違う。そうじゃない。


「もし……もし、この試験を諦めて。

 もう、こんな試験なんてやめようって。

 それで、あちし達の役目がなくなってしまったら――」


 ふるふると、手が震えた。

 気付けば、目からは涙が零れ出ていた。

 何故だろう、震えが止まらない。


「違うよ。

 アレク、僕たちは負けないんだ」

「え?」


 さっきと、同じことを言っている。

 それでも、フォールの言葉は、とても力強くて。


「だって、魔王の身が果てるまで、僕たちは一緒にいるんだ。

 例え老いようとも、手足が損なわれても、僕たちが離れることはない。

 それは何故かって、決まっているよ。

 ――キミたちが、好きだから」

「ひゃぅぅ!」


 ……おいエニフィ。

 そこは俺が涙を流してフォールと握手するところだろう。

 でも、一つだけ分かったことがある。


「今のフォールは、とってもかっこいいにゃ」


 目尻の露を拭う。

 俺は今、とびっきりの笑顔を咲かせていることだろう。


「あたくしも、そう思いますわ。だってかっこいいですし」

「あたしも思う。今のフォールは、いい顔をしているぞ」


 美少女三人に褒められて、フォールは幸せ者だな。


「ありがとう。僕、そんなにイケメンかなぁ……。うん、父さんも言っていたことだし、多分そうだろう」


 ……多分彼は、意味を履き間違えているのだと思う。

 お馬鹿な俺でも、なんとなく理解できた。


 ◆


『これより試験が開始されます。

 ルールは簡単、あらゆる場所から現れる魔物を、殲滅してください。

 魔物は倒すごとに、強さがどんどん上昇していきます。

 最後の魔物軍を倒すことに成功したパーティ、もくしは騎士団員は、魔王討伐の旅に出る『勇者パーティ』として、特別な地位を得られることとなります。

 この空間では、痛覚を認識することはできませんが、身体は傷つきます。

 死んでしまったら、現実世界で目が覚め、仲間の戦いぶりを観戦することだけを許されます。

 準備ができた方は、手を上げてください』


 若い女性の声が、寂れた宮殿の上空から響く。

 俺たちは、躊躇わずに手を上げた。


『カウントダウンを開始します。

 10、9、8、7、6』


 思わず、唾をごくんと飲み込んだ。


『5、4』


 深呼吸をして、気を落ち着かせる。


『3、2――』


 まっすぐ、前を見る。


『――1』


 蹂躙が、始まった。


 ◆


 犬型の、小さな魔物。

 スライムみたいに、弱い魔物。


「これが、第一段階にゃ……」

「まだまだここでは楽勝ですわ」


 魔法を放つ、剣で捌く、斧で真っ二つに割る。

 まだエニフィの役割は回ってこない。

 しばらくして、魔物たちは全ていなくなった。俺たちが殺したのだ。


『強さが上昇します』


 女性のアナウンスとともに、新たな魔物が追加される。

 姿の全貌が見えてきた。

 虫型の、毒性を持っていたりする、ちょっと厄介な魔物。蜂や蛇など、気持ち悪い方には入らない、マシな方の虫だ。

 でも、これらの魔物ならばまだ大丈夫。気をつければ毒に充てられることはない。


『強さが上昇します』


 更なる魔物が現れた。

 熊の大群だ。熊とは言っても、ただの熊ではない。知能があって、簡単なワナには引っかからない魔物である。

 恐るべきは、その鉤爪。容赦なく俺たちを切り裂いてくるが、まだエニフィの出番は訪れない。


『強さが上昇します』


 少し、息が乱れてきた。

 現れた魔物は、木のような見た目の魔物。人面樹だ。

 一目見るとただの木、けれどその幹には顔がある。割とドッキリに使えそうなネタである。

 説明だけ聞くと弱そうだが、彼等は蔓を飛ばして来るのが厄介だ。

 飛んでくる蔓を避けながら、俺はエニフィにお願いする。


「はぁ……、はぁ……。エニフィ、体力がなくなってきたにゃ」

「はいはい。“小回復”」


 俺の身体はピンク色の光に包まれて、乱れていた息も整う。

 心臓がバクバクしているのが分かる。

 人面樹たちは、なかなか攻撃を受けてくれない。

 ここからが本番だ。


「コン・モート! 頼むにゃ、蔓さん」


 俺の使えるオリジナル魔法、コン・モート。蔓を触手のように飛ばし、相手にダメージを与える技だ。

 この魔法は便利なもので、思い通りに操れる。例えば、朝、目覚まし時計を止めるときなどに使えそうな魔法だ。……まあ、目覚まし時計自体ないのだけど。

 まあ、つまりはしょうもない競り合いである。相手が蔓なら、こっちも蔓。でも、勝つのは俺だ。

 と思ったら、フォールが俺の蔓まで断ち切って進撃していた。


「フォ――ル!! その蔓はあちしの魔法にゃ! やめてくれにゃ」

「知らないよ! 蔓は蔓だ、見分けがつかない」

「……はぁ。わかった、にゃ!」


 俺は、蔓を自由自在に、思い通りに操れる。つまり――。

 色を変えることぐらいは、容易い。


「ピンク色のがあちしのやつだから、それには攻撃しないよ~に!」

「了、解、だッ!」


 その一言と同時に、フォールは人面樹を半分から斬る。

 残りの人面樹、あと三本。


「……ふっ」


 レインさんが軽く斧を振るだけで、人面樹は一気に倒れた。


「流石はレインさんだにゃ……あちしも頑張らないと」


 そう感心していると、アナウンスが響いた。


『強さが上昇します』


「ッ、ここからが正念場ですわ。

 あたくしがよくリタイアしたのは、ここからでした」


 顔を引き締めて、エニフィはみんなに叫ぶ。フォールは指でOKを、レインさんは前を向いたまま頷く。後方の俺は、杖を右手に握り直した。


「……あれはっ!?」

「……厄介だ」


 最前で戦うフォールとレインさんが呻く。

 一体何が……。

 魔物の影が、見えてきた。

 それは、人型であり、なおかつ化物のような姿を取る、魔物。

 インキュバスだ。

 インキュバスには、魔法が使える。身体能力も高い。だから、倒すのに時間かかる。

 そんな奴らが、大群になって襲ってきたとしたら……。


「なおさら、勝つしか無いにゃ!」


 杖を掲げ、蔓を転移魔法でインキュバスの身体の心臓に送り込む。はたから見れば、インキュバスたちがバタバタと倒れていくようにしか見えないだろう。

 ……あれ? 弱い。普通はもっと強い筈なのに。


「ここで油断して、あたくしは何度も死にました。

 ――インキュバスが、サキュバスの増援を呼びますわ! 気をつけて!」


 エニフィが攻略法を言うと、上から飛翔する、醜い化物を見た。

 骨と皮がむき出しの羽根でサキュバスたちはやってくる。……あいつら、飛ぶのか。


「……くっ」


 レインさんは、サキュバスとインキュバスに魔法で傷つけられた。

 すぐさまエニフィが回復すると、さっきまでの様子はどこへやら、大立ち回りをしている。

 仲間が頑張っている。だから俺も――。


「コン・モート・フォルテシモ!」


 戦おう。

 コン・モート・フォルテシモ。蔓の魔法の強化版だ。

 ひょろひょろとした蔓ではなく、太くて強い、魔力も込めてある。

 蔓はサキュバスとインキュバスの血を浴びて、どんどん真っ赤になっていく。

 やがて、増援は来なくなる。残るは、サキュバスだけ。


「はぁっ!」


 フォールがサキュバスの半身を飛ばす。ちょっとグロイけれど、冒険者だからもう慣れた。

 すべての魔物は消えた。

 エニフィがすぐに全員を回復する。


『強さが上昇します』


 無情に、アナウンスは流れる。

 次の魔物は――悪魔。


「にゃッ!?」

「あたくし、流石にここまで来たことはありませんのっ!! だから、どうか持って!」


 悪魔。デビル。そのままだ。

 曰く、魔界の使者。悪の死神。

 サキュバスやインキュバスの上位種、この世界で最も恐れられる魔物。


「……来る!」


 レインさんの掛け声で、俺は現実に引き戻された。

 悪魔がやってきた。


「コン・モート・フォルテシモ・アレグレット!」


 蔓の魔法に、速さを付け加えた特別版。 

 悪魔に攻撃を仕掛けていく蔓たち、それでも彼等は倒れない。

 でも、体力は確実に削られているようで、少しだけ動きが鈍った所をフォールが斬っていく。

 蔓を操る。魔力がじりじりと減っていく。

 魔力と体力は連動している。だが、体力を回復しても魔力は回復しない。

 この試験では、MP回復の小瓶は持って来ちゃいけない。

 だから――、疲れた。

 

 一瞬の隙だった。

 まさか、後ろに悪魔がいるだなんて、思いもせず。


「に゛ゃあああぁぁぁ!!!」


 俺は、意識が吹き飛んだ。


 ◆


「んぅ……?」


 目が覚めたら、白い天井があった。

 どうやら俺は、死んでしまったらしい。


「大丈夫、かにゃ……」


 辺りをぐるぐると見渡すと、赤紫色の光に包まれて、すぅすぅと眠っているレインさんがいた。


「まさか、レインさんも……」


 死んだら、仲間が戦っている様を、見ることができるらしい。どこかに『それ』はあると思うが……。

 と、思うと、目の前に空中に投影されたディスプレイが現れた。


「これで見れるにゃ」


 ディスプレイを覗く。

 そこには、絶望的な状況が映っていた。


 魔力が残り少ないながらも、振り絞ってフォールを回復するエニフィ。

 悪魔たちに何度も何度も斬りつけ、エニフィの施しを息も切れ切れに受けるフォール。


「まずいにゃ……」


 悪魔たちは、まだまだ数がある。

 このままでは、エニフィとフォールは……。


「いや、違うにゃ。

 フォールは言ったにゃ。僕は勝つって。

 だから、絶対に勝つ。そうに決まってるにゃ」


 それでも、絶望的な状況には変わりはない。

 ――とうとう、エニフィもやられたらしい。ピンクの光に包まれて、エニフィは現れた。


「…………」


 四面楚歌のフォール。

 体中に傷を付けられて、それでもなお、戦っている。


「頑張れ――――ッ、フォールッッ!!!」


 思いっきり息を吸って、俺はディスプレイに向かって、戦い続けるフォールに向かって、叫んだ。

 気分は応援団長だ。

 気がつけば、エニフィとレインさんはもう起きていて、俺に声をかけてきた。


「あたくし、ここまでこれたのも、あなた達のおかげだと、本当に感謝してます、ですから。

 負けないで――――ッ、フォールさんっ!!!」

「……死ぬなよ、フォール」


 声が届くことはない。

 それでも想いは、確かにフォールに伝わった。


 フォールの周りに集まっていた悪魔たちが、吹き飛んだ。

 すべてが、首を跳ねさせて、死んでいく。


 呆然として、それを見る俺たち。

 いつの間にか、アナウンスは、ファンファーレに変わって、俺たちを祝った。


『おめでとうございます。

 全ての魔物を殲滅しました』


 無機質で、どこか定型的な声。


 でも、俺たちには、それが小鳥のさえずりのように聞こえていた。


ご都合主義で何が悪い。

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