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五話「希望」

 勇者の身体が、投げ出された。

 細剣が刺さった左の胸から、どす黒い血液が流れでてきていた。


「あ……あぁ…………」


 死んだ?

 あの勇者が?


「な、んで……」


 勇者の口は、相変わらず動かない。

 彼の身体は、既に死者と化していた。


「うわあぁぁぁぁ!!!」


 思わず、逃げた。

 狼から飛び逃げて、逃げたい一心で、ただ逃げた。

 風の流れに逆らって、俺は逃げた。

 一人になりたくて。 


 しかし。

 誰もいないはずの草原に、俺の目の前に、男が現れた。


「やあ、こんばんは? アレクだよね、久しぶり」


 男が何か言っている。でも、内容は耳を通り抜けた。


「ちょっとどいてくれるかな? 虐殺系ヒロインを、俺のハーレムの一員にしようと思うんだ」


 虐殺系ヒロイン……?

 男が、何を言っているのか、分からない。


「でも、その前にさ。

 俺の息子が緊急事態だと知ったわけ」


 息子が緊急事態……?

 まさか、この男は。


「そうさ。俺はフォール君の『父さん』、ランカスター・アヴィドだ」


 意味がわからなかった。


 ◆


 ランカスターの名は、世界でも有名だ。

 王様から貴族の称号を送られるも、それを断った。

 平民たちからはまさに、憧れの的だ。俺もずっと、彼のことを尊敬していたし、今もしている。

 そんな彼の功績は、とても一人では成し得ないものだ。

 内政チートとか、俺tueeeとか、そんな安いものじゃない。


 まず一つ目。ヒトの住む結界を破り、束になって襲ってきた高等魔物を、手の一振りで殺した。

 魔物の軍勢は、その街の住民よりも多い。そんな数の化物を、たったひとりで一掃したのだ。


 次は二つ目。ある村をはじめとして、感染病が広まり、国全体を侵食しようとしていた。しかし、そこに現れたのが彼だ。

 彼は感染者一人ひとりに訪れ、次々と感染病を治していった。

 その魔法力で、王から一目置かれることとなる。


 三つ目。平民のための教育機関を創りだしたのは、彼の功績だ。

 教員には、彼の部下だという黒服の男が、子供から大人までを指導している。その指導力は素晴らしいものらしい。

 教育機関を作り上げたおかげで、平民でありながらも出世したという者を多く排出した。


 最後に四つ目。とある貴族がこっそりと反乱し、王に反旗を翻した。

 王は忍びの暗殺者に殺されかけたが、そこに彼が現れる。暗殺者を拷問で追い詰め、とうとう発端の貴族をつまみ上げた。

 結果、ランカスター・アヴィドの名声は、より世界に広まった。


 ◆


「まあ、なんだ? あいつも元気にやってるかなーっ、て」

「…………」


 やっている訳がない。

 勇者は、フォール・アヴィドは、俺のせいで命を落とした。


「ま、その様子じゃもう駄目っぽいな」

「……!!」


 バレた。

 どうして?


「んま、それはいいんだよ。お前はあいつを助けたいんだろう?

 なら、俺を案内しろ」

「…………にゃんで」

「ん?」


 硬く握った拳から、血が零れた。


「にゃんでオマエは、息子が死んだのに……!!!」

「にゃんでも何も、俺には使命があるのさ。駄弁ってる暇があったら、俺を連れてけ」


 俯いたまま、俺は歩き出した。

 彼のいた場所へ。

 彼の『あった』場所へ。


「……ここにゃ」

「ははぁー、これはひどい。

 ほら見ろ、血だらけだぜ?」


 顔を上げた。

 そこには、風化したかのように動かない勇者と――、


「な……、にが……」


 人間の姿で倒れたエニフィと、血塗れになって目を閉じているレインさんたち。


「ランカスター……! やっと現れたか。

 貴様を待っていた。こいつらでは物足りなくてな」

 

 それと、心からの笑みを浮かべる、悪魔がいた。


「そうかい。俺もお前さんと話がしたかったんだ」


 そういう彼の顔は、何故か『あいつ』と重なった。


「そこの雑魚は放っておいて、さっさとやりあおうぜ。

 これはあくまで、俺とお前さんとの問題だ」


 ニヒルな笑みで俺に笑いかけてくる彼は、無言で結界を作り出す。

 結界の中にいるのは、悪魔と彼だけ。つまり。


「危ないにゃ! いくら英雄と言えど、こんな危険なヤツを相手にするなんて――」

「黙っとけ」


 その一言で、俺はハッとした。

 殺気なんかとは程遠い威圧感。ただ怖い、それだけを感じた。


「流石だな。この迸るような殺気、より貴様が欲しくなった」

「なるほど。だが、手に入れるのは俺の方だ」


 それを合図に、彼等は斬撃を交わし始めた。

 まるでヤムチャ視点だ。何が何だか分かりやしない。

 それでも、俺には分かった。

 彼のほうが優勢だ。


「……勝ってにゃ」


 負けてほしくない。

 俺は、敵を討ちたい。

 彼の口端が、ニヤッと釣り上がった気がした。


 それからは、あっという間だった。

 いつの間にか戦いは止んでいて、俺の目には、紛れも無く、悪魔が敗北を喫しているようにしか見えなかった。


「ちゃあんと勝ったぞ、アレクちゃん?」


 彼は、そう言うと、勇者やエニフィ、レインさんの近くへ歩み寄った。


「な、なにをするつもりにゃ!?」

「生き返らせる」

「は?」

「生き返らせる」

「もう一回言ってほしいにゃ」

「生き返らせる」

「あー、成程! 分かった分かった……って、納得できる訳がないにゃ!!!」

「見事なノリツッコミをありがとう」

「ありがとう、じゃないにゃ! できるならばさっさと蘇生させろにゃ」

「おう」


 彼等の傷は、癒しの力で跡形も無くなった。


 ◆


「れいんさあぁぁぁん!!」

「……あの、そろそろ離れて」


 ボロボロだったレインさんは、元の美しい肉体となって帰ってきた。レインさんの恩返しだ。

 彼によると、あの場で俺と彼以外は、全員死んでいたらしい。勿論、悪魔もだ。

 すぐに悪魔も蘇生されたらしいが……。俺は、今すぐにでも悪魔を殺したい気持ちでいっぱいだ。


「こらこら、またそんなおぞましい顔して。いけませんわよ、アレクさん」

「だ、だって……、あいつ、エニフィたちを殺したんだもん! 因果応報っていう言葉があるんだもん!!」

「いつもの猫語はどうした」

「にゃぁああ! レインさんまで」


 少なくとも、レインさんは俺の味方だと思っていたのに、まさかツッコミになってしまうなんて……! 俺は常識人ポジションだろう、普通に考えて。


「まあでも……勇者、じゃなくて、フォールたちが生き返って、よかった」

「そう、ですわね。

 あたくし達がいなくなってしまったら、アレクさんは一人ぼっちですもの」


 おいこらエニフィ、俺をぼっちみたいな言い方するな。

 ところで……。


「彼はどこに行ったのにゃ?」


 俺たちを助けに来てくれた彼。


「どこかで息子と話しているらしい。

 なんでも、修行を付けるとか言っていたが」

「えぇっ!? あのランカスター・アヴィドの修行を、フォールが受けるのにゃ!?」

「え――? あの方は、『あの』ランカスターさんなんですの? いやいやまさか」

「ほ、本当にゃんだから!」

「冗談はよしなさい。あたくしは信じませんわよ」

「むーっ……」


 ちょっとイラっとした。信じてくれたっていいだろ。


「まあ、嘘じゃあないんだがな」


 パタンと音を立てて、宿の中に誰かが入ってくる。

 そいつは、俺の飲み仲間の『あいつ』だった。


「にゃんでオマエがそこにいるにゃ? 勝手に入ってくんなにゃ」

「まあまあ。俺の正体を明かしてやるから、それで勘弁しろ」


 あいつは、髪に手をかけると、ベリベリっと顔ごと外した。

 すると、ガタイのいい体が、細マッチョのような体型へと変化していく。


「なっ……!? どういうことにゃ」


 思わず、レインさんの膝からガタンッと立ち上がる。

 そこにいたのは、どこからどう見ても、あの『ランカスター・アヴィド』だったから。


「種明かし~、とでも言うところか。まあ、お前さんも薄々気付いてたんだろ?

 俺があいつだ、ってことをな」

「…………」


 面影はあった。

 口調は微妙に違うし、外見もまるで正反対だったけれど。

 俺を慈しむような目を、なんとなく感じた。

 レインさんは、彼に質問する。


「そういえば、貴様はフォールに稽古を付けていたらしいが、どうしてここに?」

「いや。俺はただの一端末でね。俺が一人いたら、百人はいると思えってか? まあそんな感じだわな」


 ゴキブリかよ。


「聞くまでもないが、聞いておこう。

 貴様は何者だ?」

「それに答えると思うか?

 俺はあくまで、お前たちを蘇生して、救っただけのしがないおっさんだ」


 厳しい口調で、レインさんは問う。でも彼は、その問いに答えなかった。

 予想通り、と行ったところか。

 と、急に興奮した様子のエニフィが、身体を飛び出して言った。


「あ、あの! あなたは、あのランカスター・アヴィドさんじゃありませんわよね!?」

「さて、どうかな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「それじゃ、まさか……」


 エニフィは、目視できない程の速さで、懐から紙を取り出した。


「サインください!」


 ◆


「そんじゃ、俺は帰る。

 あと、せっかくの土産だ。金と一緒に家族に話しとけ。俺と会った、ってことをな」


 それだけを言うと、彼はいつの間にか消えていた。

 大量の金を残して。


「サイン、サイン、サインを貰えたわー」

「壊滅的な歌声にゃ」

「うるさいですわ!」


 ひどい。本当のことを言っただけなのに。


「それにしても……フォール、遅いにゃ」

「あれ、なんかデジャヴですわ。

 次に誰かが、『いつもはこんなに遅いことはなかった』とか言いそうです」

「嫌なことを言うんじゃにゃい。それ多分悪魔にボコられるフラグにゃ」


 ぐす、と鼻水をすする。

 今では脳天気に話しているが、俺は本当に嫌だ。

 彼等を失くしてしまうことが。


「ただ、いま……。帰ったよ……」

「フォールにゃッ!?」


 フォールが帰ってきた。

 ギィィ……と、妙に重たい音でドアが開く。


「どうした、フォール。何者かに襲われたか」

「な、ななななっ。まさかフォールさんが、おそ、お、お、襲わ……きゅぅ」

「いやエニフィ、多分そっちの意味じゃないにゃ」


 でも、心配な事には変わりない。

 フォールの姿を見る。頬は痩せこけ、服は破けている。最初の貴族のイケメンお坊ちゃんという印象が、まるで覆る外見だ。

 ふらふらと、一歩一歩を噛み締めて歩くフォール。

 そして、次の一歩へ続こうとした、その時。


 倒れた。


「わわわっ! レインさんレインさん、大変にゃ!!」

「…………寝かせてあげようか」


 レインさんの寡黙さに、更に磨きがかかったような気がした。

 フォールの衣服を剥ぎ取る。剣で切り裂かれたような、痛々しい様子だ。あくまで服が。

 その実、彼自身の肉体には、かすり傷ひとつない。

 回復魔法で癒しても、この疲れよう。……恐ろしい。


「この服はあちしが繕うにゃ」

「だ、大丈夫なのですか? アレクさんがやって」

「大丈夫にゃ。あちし、これでも裁縫は得意な方なんだにゃ」


 上半身が裸のフォールを、レインさんは片手でベッドに降ろす。流石はジョブが戦士のレインさん(多分)、力持ちだ。


「勇者試験は、当分先になりそうですわね」

「猶予は長いほうがいいにゃ。

 それに、試験を通ることだって、簡単ではないし……」

「そうですわね。でも、そろそろ休暇が無くなりそうで……」

「そこは根性で乗り切れ! にゃー」

「あ、あたくしの都合も考えてくださいまし!」


 いやだって、仕方ないじゃない。

 キャンキャンとまくし立てるエニフィに背を向けると、俺は呟いた。


「みんな、生きててくれてありがとう……」

 

 その声は、誰にも届くことはなく。

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