四話「似たもの同士」
「なんだ……これは……」
魔鏡の地、魔物の楽園、禁断の世界。
様々な呼び名があるそこに、私はひとり降り立った。
《魔界》。それが、この世界の名前だ。
「なんだ…………これは…………」
私は研究者。そして、冒険者だ。
だから、今までの研究結果を掛けあわせた答えと、まるでかけ離れたその場所に。
「なんだ……………………これは………………!! ふざけるなぁぁあぁ! 私が今までしてきたことは、一体、全部、すべてが、まったくの無駄だったというのかぁぁぁ!!!」
怒りの感情をぶちまけた。
◆
エニフィード・ユリアス――いわく、『エルフ』である彼女が騎士団の休暇を多く取り、パーティの仲間入りを果たして一週間。
「……いつになったら試験を受けるのか?」
「いつも何も、レイン以外の仲間の実力を図らないとね。あまりにも戦えないようだったら――」
「……ようだったら、なんだにゃ」
「なんですの!?」
「――僕のお嫁さんになってもらうよ」
「ブフォッ! なにをおっしゃいますの!?」
「気持ち悪いにゃ……」
ということで、あたしはその1日自由に過ごしていい、と大量の金貨を渡された。
護衛はいらないのか、と聞いても、フォールは大丈夫だと頷くばかりだった。しぶしぶ暇をつぶすことに決めた。
でも、あたしは買い物はしないタイプだし、する事と言えば……。
「散歩しよう」
それしか思いつかなかった。
街を巡る。
寂れた場所、賑わう場所、様々な場所があった。
とうとう、雲の切れ目から赤橙の太陽が覗いてきた頃。
「図書館にでも行くか」
何故今頃思い付いたのか、あたしは軽く後悔する。
街が赤色に染まってきた夕方。こんな綺麗な景色を見ることができるのだから、幸せ者なんだなぁ、と改めて思った。
「到着だ」
図書館の扉を開け、古臭いカーペットに足を踏み入れる。
無駄に大きな扉を閉めると、一気に光が消え失せた。
「……暗いな」
目が悪くなりそうだ。
看板によると、この図書館の利用は、何の手続きもいらないらしい。多少の料金は取られるが、金貨ひとつ差し出して、おつりが沢山帰ってきた。……今更だが、フォールは何者なんだ?
とりあえず、あたしは目的である動物の本を探す。出来ればモフモフした可愛らしい動物がいい。例えば、猫とか。
「…………?」
なにか、猛烈な気配を感じる。薄暗い空間なのでよく分からないけれど、確かに何かいる。
思わず考えにふけっていると、あたしの背中に『何か』がぶつかった
「おっ、と。すまないな」
――こいつだ。
すました顔で通り抜けていく『何か』。戦ったことのない常人では到底分かり得ない気配だ。
「ああいうのには、関わらない方がいいな……」
小声で呟くと、可愛らしい猫が描かれた本を手に取る。頬が緩んでしまいそうだ。
近くの椅子に座ると、本を読み始める。
本の題は、「かわいい仔猫」。ド直球である。
「かわいいなぁ……」
動物はかわいい。――言葉にするまでもなく、誰もが知っている真実だ。
と、ページをめくろうとした直前。『何か』があたしの横に座り込んだ。
「生き物が好きなのか?」
なんとそいつは、無防備なあたしを煽るように、笑顔で話しかけてきた。
……ここはどう応えるべきか? 警戒心をむき出しにするということはつまり、相手と敵対するのだと宣言するようなものだ。ここはあえて出方を見ることにしよう。
「ああ、好きだ」
そう、一言。それだけで十分だ。
これで会話が途切れ、『何か』が去ってくれれば嬉しい事この上ないのだが……。
「私は虫が好きだな。あの毒々しく、まるで天使のような虫達が愛おしい。
貴様もそう思わないか? レイン・ラベンド」
現実とはそう上手く行かないものだ。
『何か』はあたしの名前を見事に言い当て、猛毒な笑みを浮かべた。
思わず、額から冷や汗が流れる。まるで、首に剣が突きつけられているようだ。
「何故貴様があたしの名を知っている? あたしはしがない一般人だ」
「まあそう言うな。私は、動物好きと名高いラベンドさんと、お話がしたくて来たんだ」
お話、か。
どうせ忠告か何かに決っている。
「ラベンドさん。私は殺し合いが好きだ」
『何か』のオーラが、ぶわっと広がった。
もともと灯りの付いていないこの場所でも、彼女の存在だけはくっきりと映る。
時が緊迫する。闘争本能が、ざわざわと騒ぐ。
「――貴様は強者か?」
手に、嫌な汗が滴った。
◆
「レインさん、遅いにゃー」
「そうですわね。もう夜になってますわ」
今日一日、勇者に付き添って魔物退治で金稼ぎ。
エニフィード――エニフィとは、すぐに打ち解けた。なんでもファンタジーの定番、エルフの一族らしい。喋り方通り、彼女の身分は貴族。どうして騎士団なんてやってるのか、と聞いても、誤魔化してまともに話してくれなかった。
「彼女も僕たちの仲間だ。心配だな……」
「大丈夫にゃ! レインさんなら今頃不審者を手玉に取って弄んでるにゃ」
「アレクさん、レインさんを一体なんだと思っていますの……?」
レインさんは強い。少なくとも、俺よりかは。
だからここまで信用できるし、とても信頼している。
「でも……流石に遅すぎるにゃ」
「そうだね。彼女が今まで、こんなに遅いことはなかった」
レインさんの腕前なら、ちょっとやそっとの雑魚など一発だろうが……。
俺はごそごそとリュックから杖を取り出すと、勇者を手招きした。
「……行こうか。ほら、エニフィも」
「はわぅぅ! 分かりましたわ、フォールさん」
……エニフィ、絶対惚れてる。
◆
「ところでアレク。キミは今まで、その杖を使ったことはなかったとおもうけど……」
「うん? まあ、ちょっと本気出そうと思って、にゃ」
「……本気、ですの? あのアレクさんが?」
エニフィから、素っ頓狂な視線を向けられる。……なんでそんなに不思議そうにしてるんだ? っつーか、あのアレクさんってなんだ。俺は一体なんなんだ。
「出てきたのはいいけど、どこにいるのか分からないにゃ」
俺は魔法使いだ。でも、使える魔法は、基本的に攻撃魔法ばかり。
小手先の技術に時間を費やすには、家を出るまでの準備期間が短すぎた。
「あたくしならできますわ」
悩みこんでいた俺に手を差し伸べた天使は、そう、エニフィだった。
「あたくし、一応、『秘技』というものを持っていまして……」
「秘技、にゃ?」
「どういうことだい?」
エニフィはすぅっと息を吸い込んだ。
「“変化せよ“」
言葉が発せられた瞬間、エニフィの姿がぶれる。
大地から、空から、すべての魔力がエニフィにかき集められ、ゴウゴウと地響きがした。
ぐらぐらと揺れる。
その衝撃に目を閉じ、すぐに開いた。
そこには、白銀に輝く毛並みをなびかせる、美しい狼がいた。
「これは……」
「エニフィ……にゃ?」
狼はこくん、と頷く。
「エニフィー! きゃっわいいにゃ!」
同じ猫種だからシンパシーを感じた。さらさらの毛並みをうっとりと撫でると、エニフィ狼は照れくさそうに笑う。
しかし、その感覚がぱっと消えた。
エニフィは、人型に戻っていた。
「変化の術を使うと、1時間程度なら自由に形態を変えられますの。
とりあえず、あたくしが狼になったら、背中に乗ってくださいまし。狼の時は鼻がききますから、レインさんの匂いをたどりますわ」
「わかったにゃー!」
「了解だ。ほらアレク、ふざけないでね」
どうどうと勇者になだめられる。
エニフィはもう一度狼に変化すると、俺達を背中に乗せるように腰を低くした。
俺が前、勇者が後ろに乗ると、エニフィ狼は遠吠えをして、勢い良く走り始めた。
「うわ――ッ早いにゃ!」
「す、すごいな! これだけの力があったなんて、さすがはエニフィだ!」
物凄いスピードで、夜の草原を駆ける。
銀の毛並みに月の光が反射して、幻想的な様子を醸し出していた。
「って、にゃッ!?」
「ワォーン!」
エニフィ狼が吠えて、急に停止する。前方に倒れこみそうになるも、ぐっとこらえた。
エニフィ狼の視線の先には、紅の液体が散乱していた。
「…………まさかっ」
「大丈夫だ。
これはレインのものじゃない」
「ほ、本当に……?」
「ほら、そこを見て。魔物の残骸が転がっているだろう? それらの血だよ」
勇者の指差す方向は、確かに魔物が死んでいた。
「エニフィ、行こう。レインさんの匂いを追うんだ。できるだけ早く頼みたい」
「……ワゥ」
エニフィ狼は、若干顔を赤くしながら走りだした。
……狼も、頬が赤くなるものなのか?
おかしくて、ふふっと笑った、その時。
「アレク、危ない!」
目の前に、剣撃が飛んだ。
勇者の身体が、目の前にあった。
◆
「ほぉ、なかなかやるじゃないか。
もっと弱いものだと思っていたよ。ラベンドさん?」
「さん付けは、やめろ、と、言っただろう……!」
目の前の相手は、きっとあたしで遊んでいるのだろう。
対して期待もしていないけれど、それでも、誰かと戦いたい。彼女は生粋の戦闘狂なのだと、身を以て分かった。
もうあたしの身体はボロボロだ。
ところどころ切り裂かれた服と肌。軽装をしていたのが仇となったらしい、血の色と肌の色が、絵の具をぶちまけたかのようにまだらになっていた。
「そうか。じゃあ、精一杯楽しもうじゃないか……!」
彼女の顔が近づく。あたしはハルバードを振る。でも、彼女の身体には傷ひとつつかない。
「その程度か。つい殺してしまいそうだ。
脆いな、ラベンドさん?」
「黙れ……ッ!」
細長い剣が飛ぶ。とっさの動作で回避するも、そこにもまた剣があった。
見渡すかぎりの細剣。まるで、時が止まったようで。
彼女は、笑っていた。
あたしは、こんな女の噂を聞いたことがある。
きっと、こいつは、『それ』だ――
「もう終わりか?」
余裕満々で、腹が立つ程に美しく、笑う。
あたしの体中は、レイピアで串刺しにされていた。
「残念だ。非常に残念だ。
貴様なら、もっと楽しめると思ったのにな」
彼女は、悲しそうに言う。涙を流して、悲しんでいる。
視界が曇る。
――あたしは、死ぬのか?
違う。あたしはまだ死なない。
終わらない。
死んでなどいない――!
「うおぉぉぉッ!!!」
手から引き抜く。
腕から引き抜く。
腹から引き抜く
足から――、引き抜く!
身体が、痛い。
「死ね――――!」
あたしはまだ引けないんだ。
これで終わりだなんて、嫌なんだ。
だから、彼女と戦おう。
「流石だ」
彼女は笑う。
「やるな」
本気の攻撃は、軽く受け流された。
「嫌いじゃない」
軋む。
血が噴き出る。
「だが、甘い」
目で追えない。
光よりも早く、それは迫る。
でも。
「あたしは、貴様に勝つ!」
ハルバードを構え直し、回避行動に出る。
「そうか。それはとても嬉しいが――。
どうやら、お仲間がひとり、やられたみたいだぞ?」
「仲間? 何を言って――」
彼女の目が、赤く光る。
体が重い。
でも、彼女は私に攻撃してこない。
「フォール――――ッ!!!」
アレクの、声がした。
シリアス回突入。




