三話「ヒトは失敗を繰り返して成長する」
とある戦場にて。
「ぐ、ぐ、ぐふふふふ……! お前ら――! 殺せェ! 魔物が苦しんで苦しんで苦しんで死ぬ様を私に見せ付けろ! 虐殺して、惨殺して、殺戮して、なぶり殺せ! 一番多く殺った奴には報酬を出す!」
――狂ったように笑い、狂ったように殺す。
紅の舞踏会が繰り広げられる空間で、彼女は眼光を鋭くした。
「ふ……しかし、まさかこんなところで会うとは思っていなかったよ。
世界を救った英雄、『ランカスター・アヴィド』。
唯一、私に勝利した男。
ずっと、ずっと、ずーっと殺したかった。欲していたのだよ。貴様の血肉を」
彼女の目には、狂気の色が浮かんでいた。
視線の先には、微笑みを貼り付けた男が一人。
「はははは。俺はそう簡単には死なないぜ? もし殺したいと云うのなら――
暴虐姫、『アレグロ・サントノーレ』を千兆円……じゃなくて、千兆人は用意することだ」
彼女は笑う。笑う理由など、一つしかない。
――面白いから。
◆
「はぁ……お給料が、尽きましたわ。くそですわ」
下っ端騎士員であるあたくしの役目は、王城周辺の警備。とはいっても、魔物は人間が住む領域には基本入ってこない。
結界だ。……まあ、一部の魔物は、それさえも破って突入してくることがあるので、油断は禁物である。
というわけで、あまり魔物が入ってこない王城周辺の警備をしているあたくしの給料は、あまり多くない。乙女だもの、装飾品ぐらい買いたくなるというものだ。そのせいで破産することもたまにあるけれど。
「って、ん? これは……」
ふと目に入ったのは、
『勇者試験 ~やる気がある方募集中!~
・試験をすべて通過した方には、魔王討伐の旅にご招待!
・騎士団員であることか、もしくは、冒険者であり、更に複数人のパーティであることのどちらかが条件です。
・アットホームな冒険です。』
という宣伝。
(いや、魔王討伐の旅がアットホームなわけがないですわ……)
報酬金額の欄に目を通す。
『5,000,000』。つまり――。
「ごひゃっ、ごひゃきゅまんッ!?」
今のあたくしの給料からは、とても考えられない額だ。
条件は、騎士団員か、もしくは冒険者のパーティ。ということは、あたくしでも行ける可能性が……!
「これは行くしか無い……行くしか、無いですわ……!」
あたくしの就職活動は、まだ始まったばかり。
騎士団員ではありますが。
◆
魔法で作られた仮想空間内で戦う。当人のスペックは現実とほぼ変わらない。
試験内容は魔物と戦うこと。一匹倒すごとに魔物の強さが上昇して行く。
「それぐらいなら行けるか、と考えたあたくしが馬鹿でしたわ……くそ、くそ」
要は、甘く見すぎていたらしい。
あたくしは、負けず嫌いだ。だから、勝つまで負けない。諦めたら負け。だからあたくしは諦めない……!
◆
「くそくそくそくそくそくそくそ――ッ、ですわぁ!」
これで何回目かすらも、もう分からない。半ばヤケクソになってきた。
でも、負けられない。あたくしの手に握るべきは、輝かしい五百万。5000000。万が五百だ。
だから、負けるわけには……、いけ、な……。
◆
「まだ見つからないのにゃ?」
「仕方ないだろう。今までホイホイ情報が手に入ったほうが運が良かったんだ」
「でもギルドに依頼も出してるにゃぁ」
「自分を美少女だと思う人間だなんて、そうそう現れないと思うね」
「自分で条件に出しておいて、それを言うかにゃ……」
レインさんのふくよかなお胸にしなだれかかる。抱擁感があって心地よい。
いつも思うが、この勇者、ぶっ飛んだことをいいながら案外現実的である。これがギャップというやつか? ギャップ萌えなのか!? ……いや、ないわ。
「僕からも積極的にコンタクトを掛けているのだけど、なかなか釣れないんだ。
何故だ。父さん秘伝の口説き文句で追いかけまわしているというのに……」
「追いかけまわすってなんだにゃ! ストーカーまがいの行為をされたら、訴えられるにゃ」
「僕を見ただけで顔を赤くして逃げていくのさ。何もおかしいことはしてないのに」
この天然タラシめ。
レインさんは、むっとした俺をなだめるように頭を撫でた。気持ちいい。
とりあえず。勇者が動かないのなら、俺が動くしかあるまい。
「ま、まあ? あちしはなにもしてにゃいし、ちょーっと美少女を連れて来ようか、なんて思ったり……」
「素直じゃないな」
「ニャ!?」
レインさん、急に耳元で喋らないでください。ビビリますから。
「じゃあ今から行ってくるにゃー! さよにゃら!」
転移魔法を発動。かっこよく去るアレクちゃん!
――となる予定だったのだが、魔法が中断される。そういえば、この宿では、内部からの魔法発動が禁じられていたような……。
「…………」
「…………」
「…………」
気まずい空気が漂うなか、俺は正直に扉から出た。悪かったな、お馬鹿で!
「それにしても、人がおおいにゃ……」
宿の外は、太陽が眩しく輝いている。
街は騒がしい。冒険帰りや仕事帰りの人々が、道路を埋め尽くしていた。
「うーん、勢いで宿を出てきたのはいいけど、肝心の捜索方法が分からないにゃ」
俺には勇者のような話術やお金はないし、せいぜい演技で騙してお持ち帰りするぐらいしか思いつかない。
「……もう、いっそのこと拉致っちゃうにゃ?」
手ぶらで宿に帰るのは嫌だ。俺は、最終手段に、『美少女を拉致る』を付け加えた。
◆
「街中を駆けずり回って一時間。集めた手がかりは一つもなし、にゃ……」
ズーンと膝をつく。これではレインさんに面目が立たない。……レインさん、というより、プライドに、かもしれないが。
「うっ……もういいにゃ! もう戸惑わない、躊躇わない、遠慮しない!
戦闘力のある美少女を誰か一人、とっ捕まえるにゃー!」
街中で叫んだせいで、大衆に見られた。気にしない。
道中、色んな美少女を探した。戦闘力のありそうな、オーラのある美少女を探した。
でも、無駄足だった。一人足りとも、戦闘力のある少女などいない。
とうとう、最後の場所にたどり着いた。
「騎士団本部……ここで勧誘するにゃ」
ひとまず、周囲を観察。どっかに美少女が転がってたらいいなぁ……。
裏口に回る。周囲を警戒しながら、一息に走り抜けた。
そこでピンク色のなにかを発見。仮に物体Xと名付けよう。物体Xは、ピクピクと痙攣しながら地面に横たわっていた。
見る限り、物体Xは誰かの服のようだ。中に人が入っているかもしない。ピラッとめくった。
「…………美少女にゃ」
戦える人種特有の、殺気に似たオーラ。それが気絶した美少女から僅かに発せられていた。
俺は、即お持ち帰りした。
◆
「たっだいまにゃー」
「あぅぅぅ……く……そ…………ゎ」
今回の戦績、金髪縦ロールのお嬢様系美少女をひとり。
「その子は?」
「騎士団で拾ってきたにゃ」
「うちで飼っちゃいけません!」
「そ、そんな! ちゃんとお世話するから!」
「ダメなものはダメ! うちはうち、他は他! 僕の教育方針じゃないんだよ」
「そ、そんにゃ……」
「あ、あああたくしは動物じゃありませんもの――ッ」
「あ、起きたね」
「起きたにゃ」
今まで眠っていたお嬢様が、バッと飛び起きた。
「あ、自己紹介するにゃ。あちしはアレク。将来大儲けする獣人にゃ」
「僕の名前はフォール。よろしくね」
「あたしもか? あたしは……」
「――って、ちょっとストーップ! 待つのですわ!」
勢いで自己紹介を始めた俺たちに、お嬢様の合いの手を入れる。
「あなた達は何物ですか!? 場合によっては、あたくしがこの手で……あなた達を……」
ワナワナと震えながら、お嬢様が言う。
なんだか調子が悪そうだ。休ませておいたほうがいいだろう。
「そっちの事情は分からないけど、一度休憩しようか。キミはそこのベッドに掛けてね」
「はうぅッ! 分かりましたわ」
勇者の気遣いに、一気に顔が赤くなるお嬢様。
こういうところで意外と気が利くのが勇者だ。
……これは確実に惚れたな。
お嬢様はベッドにダイブすると、すぐに息を立てて眠り始めた。
「……で? なにか言いたいことがあるんじゃないのかな?」
「ななな、なんの話だにゃ? あちしはちゃんと戦える女の子を連れてきたにゃ。なにか不安でも……」
勇者は、いつもと打って変わって、真剣な表情で詰め寄ってきた。
レインさんに助けを求めるが、彼女は苦笑いを返してくるのみ。
はわわわ……これは、一体どうしたら?
「キミはどうやって彼女を連れてきた?」
「どうやってって、そりゃ、双方の同意の上で……な、なにもやましいことはないにゃ!」
いつもは腹黒い勇者が、いつもは冷静な勇者が、怒っている。それだけで異常事態だとわかった。
「僕は今まで、どんな時でも、相手が納得するようなやり方でやってきた。
決して、不快な思いをさせないように、だ」
「だ、だから……?」
「キミが今回は悪い」
叩かれた。
……猫耳を。
「とりあえず、キミには学んで貰わないといけないな。『正しい方法』というものを」
そのまま、頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。
どうしてだか分からないけど、涙が出てきた。
「あぅ、うぅ、れ、れいんしゃん……にゃんであちしが、おこられにゃいと、ひぐっ」
「アレク、大丈夫だ。今回は失敗しただけで、この経験を活かして成長しろ。
あたしも、そうして生きてきたんだ」
「れ、レインさん……にゃう……」
勇者の手を振り払い、レインさんの腰にギュッと抱きついた。
慰めも、怒りもしない、レインさんの沈黙が、今はとても心地良かった。
◆
「……で。説明してくださいまし? どうしてあたくしは拉致されたんですの?」
「うぅ……最初に謝るにゃ。
ご、ごめんなさい!」
誠意を込めて頭を下げる。
お嬢様は、本当に反省した様子の俺を見て、にこっと微笑みをこぼした。
「いいえ。別に気にしていませんわ」
「ありがとにゃ! 最初から最後まで説明するから、その後に開放させてあげるにゃ」
「そう……。構わないですわ。
では、お願いします」
「はーいにゃ」
俺は、丁寧に弁解……もとい、解説をした。
俺達は、勇者試験を合格するために、パーティの仲間を集めている冒険者であること。
そして、仲間集めに執着するあまり、お嬢様を攫ってしまったこと。
「お嬢様、って……。あたくしにも名前ぐらいありますわ。
…………ん? 今、勇者試験と言いました?」
「言ったにゃ。どうかしたのにゃ?」
今度は、お嬢様、何やら鼻息を荒げながら俺に背を向け、ブツブツと呟き始めた。
しばらくして、混乱状態の俺に、お嬢様が笑顔で申し出た。
「あたくし、あなた方のパーティに参加しとうございますわ!」
「……にゃ?」
変化球が投げられた。
まさに予想外。
◆
「とりあえず、アレクには彼女と二人で話してもらうことにしたよ」
「……そうか」
僕はアレクを叱った。
あくまでも、自分本位なアレクを、糾弾した。
アレクは、悲しそうにしていた。僕に怒られて、泣いていた。
「後悔、しているのか?」
「……まあ、すこしはね」
あはは、と愛想笑いをするも、すぐにバツの悪い顔に戻る。どうも落ち着かない。
「生きているうちは、人間誰しも間違える。フォールはそれを直してあげたんだろう」
「そうかな」
なんだか、胸糞悪かった。
偉そうに言っておいて、結局自信がない僕は、誰から見ても情けなく移ることだろう。
「……知っているだろうが、アレクは子供だ。フォールと同じくらいの年齢とはいえ、まだ幼い。
それは、フォール。お前とて同じだ」
「そうかもね、僕はまだまだ子供だ」
レインの言葉が、僕の身体によく染みわたった。
「だから、フォールも悩んでいい。悩んで考えぬいて、そうしてなれるのが大人だ」
「……大人、かぁ。僕はいつ大人になれるんだろうね」
検討もつかない。
ところで、ずっと彼女について気になっていたことがあった。
「レイン、キミはいくつなんだい?」
「24だが」
……若いなあ。




