おとなの宿題
まるで、相手が悪いことでもしたかのように仁王立ちで声を荒げている。
父親はまたかと言いたげな顔つきでテレビから顔をそらさず母親を見ようともしない。
聞いてるのかと問い詰められ、好きなようにしたらいいやろ。と舌打ち混じりで独り言のようにつぶやく。
どんなに腹がたっても昔のように妻の口のきき方に怒り、やり返すだけの気力は残っていないのだ。
香織も父と同じく、母親の好きにすればいいと達観していた。
自分は母親の機嫌など意に介さない。
淡々と売買契約を済ませ、住宅ローンの審査も十中八九通るし、引っ越しの準備を進める。
気が短く気が強く見えて、寂しがりのわがままな母親のことだから夫と娘に去られてしまえば追いかけて来ることは想像に難くない。
(お母さん、マンションも家族も逃げないからね)、と刺々しい態度の母に心の中だけで話しかけた。
引っ越し業者の見積もりを終えた日、香織は姉に手紙を書いた。
「お姉ちゃん、ひさしぶりやね。元気にしてますか。もっと早く連絡しようと思いながら、遅くなってしまいました。
実は私は最近、築30年のマンションを購入しました。引っ越しは来月最初の土曜日です。
両親は私が連れて行きます。お父さんは案外素直に付いて来るつもりです。お母さんも、私との言葉の行き違いから一度はへそを曲げていましたが、今では荷造りと断捨離に精を出しています。実家の建物は土地は小さ過ぎるし建物は古すぎて、もう売ることも貸すことも出来なくて、仕方なくそのままにして出て行きます。
いつか、更地にするしかないでしょう。もし、一緒に暮らしたこの家を懐かしく思ってくれるなら、空き家になる前でも、空き家になってからでも、フラッと訪ねてください。マンションの住所も書いておきます。引っ越しが終わったら、見にきてください。この私が親と住むためにマンションを買うなんて自分でもビックリです。
そこで両親と暮らし、出来るだけ支えて行くなんて私らしくない発想は突然でした。
お姉ちゃんともこれからは時には会って打ち解けた時間を持ちたいと思っています。
まだ、もし私たち家族を恨んでいるなら、いつか許す気持ちになれた時、会いにきてね。待ってます」
姉の住むマンションの郵便受けに直接届けるつもりで封をした。
-おわり-
想像のおもむくまま、心に浮かぶ物語を楽しんで書いてきました。半年間、未熟な文章にお付き合い下さり、本当にありがとうございました。




