おとなの宿題
「やっぱり節子に知らせといた方がいいんやろね」
母親の口から姉の名前を聞くのは久し振りだ。
香織も、住宅ローンを組もうと決めた時から、滅多に会うことのない姉にいつ話そうか、そして姉がそれをどう思うかと気にしていたのだった。
しかし母親の方は溜め息まじりに
「節子というのは、結婚したら、ぱったり顔も出さへんし、特にこの頃は十年以上も会ってへんし、実家が空き家になった所でどうせ、あの子には関係無い事やろけど」
姉に対する母親の言葉を聞いて、家族の引っ越しを伝えるのは当たり前だろう、とかすかな怒りを覚えた。
突然湧いてきた姉をかばう気持ちに自分でも戸惑う。
自分だけが親からひいきされても姉を可哀想だなどと思ったこともない。
自分だけがいつも親から上等の寿司ネタを与えられていても、それを姉に分けたことも一度も無かった。
やがて姉が逃げるように結婚して家を出て、自分たち実家とは疎遠になった。
そんな姉がまだ小さな甥と姪をつれて突然、珍しく実家に遊びに来た事がある。
姉自身が家庭を持ち、実家との関係が変わり家族の温かい出迎えを期待しての事だろう。
自分の実家だというのに、これまでの扱いを思えば遊びに来るのも勇気が要った事だろう。
それを「子ども達がうるさいから家に真っ直ぐ帰りたくなくて、飲み友達を探して遅く帰って来た」とわざわざ嫌みったらしく言ってのけたのは自分ではなかったか。
その上、孫より子供の方が可愛いと母親は笑って言っていた。
多分、姉はその孫より可愛い子供とは自分を指すのではなく妹の香織を指すのだと悟っただろう。
うつむいて子ども達を連れ帰って以来、余計に姉は実家に寄りつかなくなったのだ。




