おとなの宿題
イラつき、面倒臭そうに足早になる香織を美枝子が制するように
「お母さん、不動産のこと、よく勉強されて、頭が下がりますわ」
と愛想よく母親に気を使ってくれる。
「お母さん、ここですよ。高さが15階有りましてね」
ガラス張りのエントランスを通り広々と明るいロビーに入ると母親の顔つきが一気に緊張したように見える。
香織も美枝子を見習い、母親の肩に手をのせて
「上手く行けばここが我が家になるねんよ」
なるべく優しい声音で話しかけてみるが母親の表情は固く、返事はなかった。
「エレベーターも広くて明るくてボタンも大きくて扱いやすいやろ。膝が痛い日に階段昇り降りしなくてよくなるで」
気持ちを引き立てようと香織は話し続けた。
目的の部屋の前に着き、
「これ見て、この玄関ポーチ、角部屋だけの広いポーチやで」
言いながら、又あの部屋が見られる、と再び香織の気持ちは母親そっちのけで浮かれ始める。
インターフォンを押すとオーナーの奥さんの
「はあ〜い」と言う謳うように明るい声がして、盛大にドアが開け放たれた。
「いらっしゃい、どうぞ」
(この人、こんな笑顔やったなあ)と香織は見惚れながら
「何度もお邪魔してすみません」と偶然、美枝子と同時に言いながら頭を下げた。
「いえ、いえ、何を仰いますやら。ご遠慮なさらずにね」
母親は無言で美枝子と香織の後ろから部屋に入り、隅々を見て回り、時々、壁を叩いたりクローゼットの中を覗いたりしている。それはどうにも感じが良いとは言えない仕草だった。




