おとなの宿題
最後にベランダからの眺めを確認して部屋を辞した。
目と鼻の先に、隣接するマンションの共用廊下が覗けるが、ベランダ同士ではないので見つめ合う感じではないし、問題無いだろう。
香織は建物を出た早々に美枝子の腕を取らんばかりにして
「決めました。買います」
と鼻息荒く口に出し、美枝子を呆れさせた。
「とりあえず、値段交渉だけでもこっちで打診してみるわね」
と美枝子におっとり言われて初めてそういう段階も有ったと気付いた。
少し下げて貰えるなら、諸費用や引っ越し代を引いてもローンは500万円組めば十分足りる。
繰り上げ返済しながら10年で完済出来るかもしれない。
十年後、60才の私はまだまだ元気だろう。
この買い物はその時の私を幸せにしてくれるに違いない。
いつもより少し早めに家に帰って母親の作ってくれた夕飯を父と三人で囲む。
若さも元気もない日常だが、長年変化が無いだけに自分たちが静かに老いていることにも気付いていない。
特に姉が自分達から逃げるように結婚して以来30年三人の暮らしの中で、両親にとって、自分はいつまでも可愛い香織ちゃんで変化を好まず生きてきた。
住み慣れた家を離れて娘がローンで買ったマンションに引っ越しすることをどう思うか。
「突然やけど、この家、どう思う?」
両親は顔を見合わせてテレビのボリュームを下げた。
「もう、傷みすぎて限界やと思わへん?」
2人して黙っているのは肯定している証拠だ。
安普請の長家を責められていると感じているのかも知れない。
「部分的に手を入れるにも、家自体が危ないやん。だから、思い切って住み易いマンションに引っ越せへん?」
驚きの表情の中にも母親にはちょっとした喜びと好奇心が、父には慎重さと否定的な考えが見て取れた。
実は今日、手頃な物件を見つけた、ここと違い、夏は風通しよく涼しい、冬は陽が良くは入り暖かく過ごせる、自分の預金と足りない分はローンで何とかなる事などを説明した。




