おとなの宿題
「ただ、古いって言うより、もう、住むには限界の傾いた家に住んでるんですよ。それで、引っ越しするのには、この物件が大体の希望に沿ってたんで」
元々の希望が有ったかのように、答えているが、本当のところは、理想的かつ妥当な住まいの方から近付いて来て、香織自身が知らなかった自分の望む生活環境を教えてくれたような気がしていた。
売り主に連絡を取り、その日の内に下見に行けることになった。
美枝子が付いて来てもらうことにして、2人でマンションを訪れた。
築30年の古いマンションとあって、オートロックは無いが、ロビーは自動ドアで驚いた。いかにも高級そうな木製の自動ドアは一年前の大規模改修の際に新たにされたものらしい。
同じく改修された外壁もロビーの床も美しかった。
ロビーのコーナー数カ所に配置された大型の観葉植物にすら、香織はここに住めるかも知れない喜びを感じた。
訪問先は10階建ての5階の角部屋で、玄関は他の住まいより廊下を張り出した位置で、そこだけ独立して見える所も気に入った。
美枝子がインターフォンを押して会社名を告げてくれる。
すぐに扉が開いて招き入れてくれたのは人好きのする笑顔の安心感を与える雰囲気の女性だった。
60代後半に見えるその人はてきぱきと家の中を順に案内しながら、香織がゆっくり見られるように少し離れて待っていてくれる。
香織が振り返ると次の場所を見せてくれる行動が、慣れていると思えた。
案の定、美枝子を相手に持ち家を売るのは何度も経験しているとサラリと言っている。




