乾いた水
受付業務を勤める植物園では秋咲きの薔薇フェアを開催している。
散り散りの心で勤務に着いたが花々の香りと館内の澄んだ空気と静けさが救いだった。
勤務後はスーパーで食料品を買って帰宅して料理にかかる。
慣れた動作に小さなミスばかり繰り返す。
消えてしまいたい。
そんな幼稚なことばかり考える。
早めに帰宅したのは真だった。
「お母さん」
リビングのテーブルにかしこまって座り、
「俺、この前見たこと、黙ってるから、家に残って欲しい。あの男と別れて今まで通り…」
絞り出すように話す真の言葉を遮った。
「真、ほんまにごめんなさい。あの人とは、もう別れたわ。厚かましいけど、元通りの生活に戻らせてもらうわ」
ぐっと涙が出そうになる。
諦めの涙なのか。
別れのメールを見てから一度も泣いていない。
ほっとした様子で
「もう、出て行くとか言わんといてな」
と念押しする真の顔が子供っぽい。
この夜以来、あっさり関係を捨てた陽介など忘れ、これまでの生活に戻るだけの事だと、醒めた気持ちに自分を持って行こうとするが、何かの拍子に突然吹き荒れる喪失感がみちるを苦しめる。
料理に失敗し、ショッピングセンターで転び、突如人前で涙が溢れ出す。
目の前のキラキラした希望が掴もうとした途端、勘違いだったと知らされ、それでも惜しくてたまらないのだ。
「赤いアモーレ」や「ラストコーション」「薬指の標本」の小説や映画の中の若いヒロインのように恋に殉じたいと年甲斐もなく願った自分は我ながら滑稽だ。
パート勤めにささやかなやりがいを求め、装いのセンスを磨き、読書にいそしみ、映画館での時間を愛し、季節の移ろいと短い旅行を楽しむ、以前の自分に何としても戻るのだ。




