乾いた水
8時を過ぎる頃から家族がパラパラと帰宅し始め九時前に普段通りの食事が始まる。
そうする間にも陽介からメールが届いていた。「初めて見たみちるの寝顔可愛かったよ。おっちょこちょいで泣き虫のみちる、ずっと支えてあげたい」
こんな甘い言葉も、みちるにはもう遊びの恋の言葉だとは思えない。
子供が買ってもらったばかりの宝物にそうするようにメール画面を胸に抱いて眠るのだった。
陽介との恋愛は順調に見えたが思わぬ障害は突然現れた。
その日も変わりなく終わるだろうと思えた夜、一番早く帰宅した真がネクタイも取らずにみちるにこわばった顔で問いかけた。
「今日、梅田で会っていた男、誰?」真は幸いにも相手が斎藤陽介だと気付いていないようだ。
「お母さん、人前で体に触られて嬉しそうにしてた。あの男とどういう関係なん?」
問い詰められ、自分が道を外れていると分かっていても息子の詰問口調がみちるの癪にさわる。
「久し振りに私の顔を見て喋ったと思ったら、そんな話?あの人との関係?真の見たままやん。パパに言いたければ言えばいいよ」動転して言葉が溢れ出し止まらなくなる。
母親の豹変ぶりに真の瞳が狼狽と後悔で泳ぎ始める。それでも開き直ったようにみちるの口は回り続けた。
「パパに知られたら私は出て行く。誰からも顧みられず、無視された人間はいつか抵抗する。私も1人の人間で愛を与えられたらそれにすがることもしたい。私がようやく巡り会った幸せを、育ててもらった感謝のかけらさえ示さないあなたに怒られる筋合いはない」
最後の一言は取り乱す余り裏声になっていた。
真は蒼白の顔で帰ったばかりの家を飛び出して行った。
これで家庭人としての自分は全て終わる。それでも構わない。陽介は自分を独り占めしたい、と言って、ずっと支えてあげたいと言ってくれたではないか。その通りにしよう、と自分に言い聞かせた。




