乾いた水
伏見には取材に来たことが有るんだ、と陽介は舟に誘ってくれた。濠川は元は伏見城の外濠だったという。その濠川を舟で風情有る水辺と酒造の佇まいを眺めながら巡る。
二人だけの舟の中で陽介はみちるの手を取って、「一晩だけでも一緒に居られないかな」と囁いた。みちるが返答に詰まると、今夜じゃないよと付け足し、「一泊だけ、旅行しないか。朝まで一緒に居たいんだ。あなたに無理はさせたくないけど」と膝の上のみちるの手をきつく握りしめた。
舟を下りて趣のある町並みを歩き酒造を訪ね利き酒を楽しんだ。蔵元は皆、陽介の二度目の来訪を「先生、先生」と歓迎し、酒に弱くないみちるも利き酒を堪能した。
食事は東山に移動して陽介の懇意のフレンチレストランに連れて行かれた。
一緒にいて、陽介はどこでも特別なもてなしを受ける人間だと感じる。
陽介が泊まる大阪のホテルのルームサービスで最初に気付いた感じたことだが、どこであれ、陽介は受け入れる方にとって、誇りに思える大切な客なのだった。
そのサービスには同じ料金を支払っても味わえない親密な思いやりが加わっていた。
遅い昼食のあと、夕食までに帰らねばならないみちるの為に慌てて大阪に戻る。
別れ際に陽介から、再び「考えておいて、旅行」と念押しされると、頷かずには居られなかった。
部屋で帯を解きながら心は陽介との旅行に占められている。
多分自分の心は決まっているのだ。みちるはこれまで友人と女同士の旅行さえしたことのない大人しいタイプの主婦で例え一泊でも簡単に勝手には出来ない。でも自分は何としても家族を騙して陽介のために一晩家を空けるだろう。




