乾いた水
体の関係を結んだ限り、これで終わりだと思っていただけに陽介の変わらない態度に触れ「あなたは人生を共にしたいと想像してきた通りの女性だ」という言葉を信じてもいいような気がする。
家に入って夕食の支度を始めたが何食わぬ顔で、という訳にはいかなかった。
陽介は「僕は良い歳をしてあなたに恋をしている」と言ってくれたが、それは、そっくりそのまま自分の方だった。
陽介の小説のファンであり、作家である本人の俳優のように颯爽とした容姿に憧れた。
実際、生身の陽介は、憧れた姿以上だった。
身のこなしや振る舞いが洗練されているのは外国生活の長かった指揮者時代に身につけたのだろう。会話が弾むたび、低い声に胸が震えた。
陽介が頭から離れず、心は有頂天で、突然赤くなったり汗が噴き出したり挙動不審そのものだ。
こんな事をして帰ってきて、浩二の目を真っ直ぐ見られるか不安だった。が黙って部屋に入り疲れ果てて背広を脱ぐ浩二の背中を見つめ気が付く。
自分達夫婦がお互いの目を見て話したことなんて随分昔のことなのだと苦く思い返した。
夫と違って、陽介は気に入った女に忠実な男だったと言える。
二週間後の約束の日までみちるに宛てて再三メールを寄越した。
何気なく感じたことを丁寧に伝える、身近な風景を写真に撮って送ってきたり、そんな行動が得意なようだった。
おはようからお休みまでの何度となく交わされるメールは、次に会うまでに2人の親密度を深めていた。




