乾いた水
みちるは巷で耳にする「仲良し友達母娘」とか「姉妹のような母娘」という関係を嫌悪していた。
微笑ましく聞こえても、単に親と子のけじめの無い気色悪い関係だと思っていたからだ。
その筈が、実のところ小麦の成長と共にみちると小麦の母娘関係はそれに近かった。
小麦は母親のみちるを「博識」と評してくれる。
みちるに大学の提出レポートの題材を相談したり映画や本の感想を語り合うことを好んだ。
服を新調する時もコーディネートに迷った時もみちるの一言を求めた。
それはみちるにとって、幸せな関係であったが、いずれ巣立つ娘に過ぎない。
夫はみちるに対してゆっくりごろ寝出来る快適な空間作りだけしか求めていない。
しかも、今やそれは在って当然でそれを求めていることすら意識していないだろう。
来る日も来る日も繰り返し自分の衣食住を整え、そこに健康維持の為の気配りの愛情が加えられているとも知らないだろう。
みちるはそれに甘んじ、振り返られず気にも留められない、何も持たない中途半端な人間だと思ってきた。
それが突然、著名な陽介に愛されることで、自分が選ばれた輝ける存在のようで、誇らしく思えた。
付き合う相手で自分の価値が上がるなど、そんなことは有り得ない。
自分が引き上げられたように信じたのは勘違いしていただけだと今なら分かる。
ただ、脳味噌が沸騰するような恋心には簡単な大人の判断力さえも消え失せていた。
パートで働き、家事を手抜きせず、たまに服を買い、小旅行で気分転換し、芸術や読書に親しむ、そんな丁寧に過ごしてきた日常も馬鹿らしかった。




