裏表
さつきと会い、具体的にホームの候補を二カ所に絞った。
それぞれ現地見学の後で空室のある施設に決めてからは、とんとん拍子に話が進んだ。
父にホーム入所の話を持ち出すと予想外に前向きな返事が得られたのは自身も自分の殻にこもる生活を持て余していたのだろう。
父本人とケアマネージャー、施設長との面談にまで漕ぎ着けた。
そこでは昔の見栄っ張りで自信家の父が顔を出し、老紳士然とした態度で会話しては春菜とさつきを呆れさせ黙らせた。
そのお陰で面接は合格、一時金を振り込んで入居日を迎えた。
正直に相談した収拾癖については、本人がやりがいや生きがいを持ち、自己肯定感が強まれば自然に収まるという施設長の方針を信じるしかない。
入居から新生活に慣れるまでの2ヶ月は里心が起きないように面会を控えるようフロア担当者からアドバイスされる。
その間に体調を取り戻すため断酒や生活習慣を整えるらしい。
施設の中の昭和の居間を模した共用ルームで座椅子に座り卓袱台でゆっくり緑茶をすする父に別れを告げて春菜はさつきを伴って自宅に帰って来た。
「豪邸やんか」と目を見開くさつきをサロンに使っている部屋に案内する。
約束通り、ジェルネイルの施術をするためだ。
デザインはお楽しみで任せてもらう。いつかの客のオーダーだったエミリオ・プッチを真似た色鮮やかな模様を描いて見せた。ブランドに疎いさつきには奇抜な爪に思うだろうか。
「派手じゃない?」とさつきは仕上がった爪を見つめる。
「大丈夫、普通そんなもんやねん」適当な事を言いながら買っておいたエミリオ・プッチのポーチをプレゼントする。
「えー!同じ柄やん。お洒落やなあ。ほんまにありがとう」言いながらさつきの顔が真っ赤になり、唇が少し震えた。
部屋に一人息子の琢磨が入って来た。帰宅したら伯母さんが来るのでサロンに顔を出すように言っておいたのだ。
「おねえちゃん、息子の琢磨、大学を卒業するねん。」ぎこちなくさつきに初めて琢磨を紹介する。
「甥やと言うのに初めて会うねえ、ごめんね」なぜか謝りながらさつきは琢磨を「背が高くてハンサムやん。賢そうで頼もしいなあ」と評した。
啓一郎には会わずに帰ると言うさつきを駅まで送り別れた。
これでまた私達は疎遠になるだろうけど、それぞれ元気に幸せにやっていけるよ、と春菜はさつきの影が人波に消えるまでを見守った。




