裏表
啓一郎のその冷たく醒めた瞳を思い出すだけで春菜は震え上がった。
それこそアル中で一文無しで娘たちにおんぶに抱っこの気概もなくした父を、自分たちの家庭の足を引っ張る不吉な存在と見なし兼ねない。
一方で、啓一郎は春菜の母を気遣い、いたわってくれるが、それにも理由がある。
離婚したとはいえ、春菜を育て上げ両親を看取り、老いた今も細々と家業を営み自活している母だからこそ尊重し、重んじてくれるのだ。
もし、これが自堕落で金にルーズな母ならば近づくことは許さないだろう。
だから父に送る金の事も、そのために、1ヶ月20万円は稼ぎ出したいと必死になっていることも知られたくなかった。
春菜は自分に何の心配もない生活をくれた知的で裕福な夫、啓一郎を今も変わらず愛していた。
啓一郎もまた、変わらない優しさと親密な仕草で暖かく応えてくれる。
その関係を崩したくなかった。
啓一郎に父という不吉な驚きを与えて失望されたくない。
夫婦生活が長く続いたからと言ってそれだけ関係が堅固なものになるなどと信じる春菜ではない。
妻の父への軽蔑や、巻き込まれかねない不安がいつ春菜への不信に変わるかも知れないのだ。
隠し覆せる内に死んでくれれば…と思わず願う時も有るほどだ。
10才で別れた父は弱さなど微塵も見せず、堂々として常に正しいのは自分と信じていた。
別人のような老人となり、厄介でしかない父に、いい加減、適当に死んでくれと言いたかった。




