裏表
夫、啓一郎に話せぬまま、十年が過ぎようとしていた。
一度、祖母が亡くなった時、それを啓一郎に告げた機会に父が投資で全て失った窮状を繋げて話そうとした。が、十分過ぎる香典を送ってくれた夫に却って言い出せなくなったのだった。
思えば、あれはまだ窮状ともいえない程度だった。自分も父のことを知らなさ過ぎた。驚愕の事実が増え続けて以来ずっと、相談したいと思いながら出来なかったのは啓一郎が家族に対して抱いている理想像のせいだった。
若くして高収入を得ている彼の理想の家庭は想像する程、特別な物ではない。
いつまでも優しく美しい妻に家庭を守ってもらいたいから、あくせく働くことは望まない。
子供にも無理なエリート思考を押し付けず、本人の意志を尊重してやりたい。自分が経済に関わって居る分、何か物を作るような、やりがいのある仕事の大切さを教えたいと言ったこともある。そんな、どちらかと言えば欲のない温かみの有るものだ。
だから息子が大学院で金にならない考古学を研究すると言ったときも打ち込めるものがあって幸せ者だと、応援する姿勢を貫いている。
啓一郎が極端に嫌うのは、足を引っ張る身内だ。
彼には二歳年上の無職の兄が居る。
今も年老いた親の元で暮らす、この兄の話になると普段、穏やかな啓一郎に似合わず激しい批判の言葉を吐き出す。
今まで何度兄に足を引っ張られたか知れない。
独身時代にいくら返らない金を貸したか知れない。
僕も馬鹿ではない。自分の家庭を持った以上もう絶対に兄とは関わらない。




