裏表
「私も、もういい加減にお父さんには限界やわ」忌々し気に吐き出す姉の気持ちも分かる。
40年前に両親は離婚し、姉、さつきは父の元に、春菜は母に引き取られた。14才と10才だった。
当時、経済的に恵まれていたのは父の所に残った姉さつきの方だったが、今では自分は貧乏くじを引いたと言ってはばからない。
母子家庭として母の再出発を共にした春菜はそれなりに苦労もした。
教育は高校までは全て公立。
学校に通う費用は授業料だけではない。体操服や校外学習の実費、修学旅行の積立金…日常の小物類もしょっちゅう買い物しなければならない。金額に関わらず「またお金がいる」と思うだけで母に気を使い、暗くなる子供時代だった。
例えば、ある時、小学校の図工の持ち物で指定された「糸のこぎり」
文具店で売られている二百円程度のそれを買って欲しいと言う勇気が無かった事もある。
だが母の頑張りが実を結び2人の生活レベルは緩やかに上昇していった。
短大は一年目は奨学金を借りたが二年目は成績優秀で大学の特待生となり授業料半額免除、残りは母の助けと自分のバイトで何とかなった。
母は離婚後、自分の実家の小さな不動産屋を手伝い給料をもらいながら、事務所の空きスペースでクリーニングの取次店も始め、加えて写真のフィルム現像が一般的だった為、写真の取次店も兼業していた。
内職のようなそれらが一体いかほどの収入になっていたのか知り得ないが、少ないなりに生活の助けにはなっていた。時代に沿い、クリーニングは直営のチェーン店が増えたり、写真はわざわざフィルム現像を取り次ぐこともなくなり、どちらも畳んだが、今も母は不動産業を両親から引き継ぎ、苦労して取った資格を生かしてマイペースで切り盛りしている。70代の年齢を感じさせない、子供にとっては手の掛からない有り難い親と言えた。
それに較べて父親の現状は見るも無残と言うより無かった。




