反撃
商品の種類や伝票作成の端末の操作など短い研修のあと、受注センターで働けることになった。就職が決まった安心感から迷っていた賃貸マンションを借りることに決め、引っ越しの予定をたてる。ここから持ち出すものは多くはない。海外旅行程度の身の回りの荷物を持って出たら、季節毎に着る物を買い足し、1人暮らし用の小さめの家具、家電を新しく揃えて新生活を始めよう。
自分の口座に一千万振り込んだ開き直りなのか、後ろを振り返る暇もなく動き出していた。
一日一日が慌ただしく過ぎて月末、銀行の最後の出勤日が瞬く間に訪れた。
二週間ぶりの職場では淡々と出来ることをこなし、午後は面倒なクレーム客の応対を回されて終わった。
閉店後の夕礼で、形だけの退職の紹介をされ、形だけ名残惜しそうに振る舞い、挨拶を終えた。課長とは目も合わせなかった。
昨日、銀行内の不正やハラスメントを告発する為に設けられた専用電話に課長が井森に職員の情報を流していると苦情を述べておいた。
横領のような深刻な事例でなくてもダイレクトラインと名の付く電話の担当者は丁寧に聞いてくれた。個人の情報を茶飲み話のレベルで流しているとは、と呆れていた。課長は処分まではされなくても事情の聞き取り程度は受けて明日には肝を冷やすだろう。反省するがいい、と背中に悪態をついた。
帰りに銀行近くのカフェで良子が声をかけて集めてくれた気の合う仲間とコーヒーだけの送別会もどきが有った。節子を囲むと言うよりも皆が好きなように子供の塾の費用や夫の実家の話をするのを笑って聞いた。別れ際だけ、明日も又会えるみたいやね、元気でね、としみじみと肩を撫で手を振った。
1人になると、携帯に昭夫から何度も着信履歴があった。かけ直すべきが迷っていると手のひらの中で携帯が震えた。
…俺、入院してるねん。
と昭夫が力無く告げた。




