反撃
節子は滅多に妹の名を呼ばなかった。姉を見下し雑用を押し付ける相手としか見ていない彼女の名前など成人する頃には一度も口にしていない。同じ姉妹で親の待遇が違いすぎた。
妹の方でも両親に冷遇される姉の姿を当たり前に見るだけで姉妹として庇う気持ちは一切育たなかった。2人は節子が追われるように結婚して以来ほとんど顔を会わせていない。
実家の貧乏臭い私道を足早に立ち去りながらあんな母に会いに来るとは馬鹿なことをしたと後悔していた。
泣いている自分に腹が立っている。
どこから見ても人生の後半にかかっている年齢なのにいつまでも親を恨んで泣くなんて。
近くの公園で何度も深呼吸して涙の収まるのを待った。
母に猛烈にむかついたせいで、死ぬ気も失せていた。毒々しいため息をつく。
いつのことだったか、同僚の良子が悪い気が出て風水的に良くないからため息が出そうになったら深呼吸に変えて吐き出すといいと教えてくれた。
「はあーって言いそうになったら、慌てて一回やめて、ゆっくり、ふうーってお腹から出すねんで。腹式呼吸やで」
そして2人で何故か空手の型のように手のひらを外向けに突き出して腰を落として、ふうーっと深呼吸して笑い転げた。
引きこもりの息子、定職につかない夫、底意地の悪い姑に仕えて尚、黙々と働く良子は自分から笑いを作る名人だ。
彼女が嫌な上司にくだらないあだ名をつけたりルーズな行員に書類の不備を言い渡す時のもったいぶった口調に何度笑わされ救われたか知れない。
立ち上がった節子は良子の教え通り空手の型もどきのポーズで力強く息を吐き出した。




